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ついに覚醒の時を迎えた 北海道コンサドーレ札幌、都倉賢

2017 6/28 09:44Aki
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将来を期待された逸材としてトップ昇格

身長187cmという単純な高さだけでなく、足の長さなど日本人離れした体格を持つ都倉賢(とくら けん)選手は、横浜F・マリノスのジュニアユースから高校時代は川崎フロンターレU-18でプレーしていた。 そして2005年に川崎フロンターレのトップチームに昇格する。

プレーは荒削りだが、プロ加入当初からその身体能力の高さはずば抜けており、プロ1年目ながらも強さと高さだけでなく、スピードも十分。また強烈な左足から繰り出されるシュートも持っていたので、川崎フロンターレにとっては、将来のエース候補の1人であり、期待の大型フォワードだった。

都倉選手がトップチームに昇格した2005年は川崎フロンターレにとって、その前年に関塚隆監督のもとJ2優勝を達成し、5年ぶりにJ1の舞台で戦う昇格チームという立場だ。 また、当時のチームの前線にはジュニーニョ選手、我那覇和樹選手、黒津勝選手らの豊富なタレントが揃い、フォワード陣はチームにとって大きな武器だった。

そういった新人選手にとってはある種厳しい状況でありがならも、都倉選手はプロ1年目からリーグ戦3試合、ヤマザキナビスコカップ(当時)1試合と公式戦4試合の出場を果たしている。

ザスパ草津への移籍

2年目の2006年、都倉選手の公式戦出場は0試合、2007年もわずか2試合に終わり、この2年間はベンチ入りする事もほとんど無いという厳しい状況が続く。 さらに4年目となった2008年も開幕からベンチ外が続く事となり、第17節でようやく途中出場で5分間ピッチに立つがほとんど何も見せる事ができなかった。

当時の都倉選手は、身体能力やポテンシャルを持て余している状態。川崎フロンターレでのここまでの3年半で決めたゴールは0で、闘志を前面に押し出してプレーするものの気持ちばかりが逸り、空回りを繰り返していた。

ここで都倉選手は何とか現状を打破しようと、シーズン途中にJ2のザスパ草津(現在のザスパクサツ群馬)に期限付き移籍をすることを決断する。
ザスパ草津では加入直後の第29節、愛媛FC戦から3試合続けて途中出場を果たし、5試合目の第32節にはプロ初の先発メンバー入りを果たす。 さらに第42節のサガン鳥栖戦では、念願のプロ初ゴールを決め、さらに翌第43節サンフレッチェ広島戦では1試合2得点を達成する。

最終的にはザスパクサツ群馬の半年弱の間で、リーグ戦16試合中14試合出場(内先発6試合)3得点という成績でようやくプロとしての一歩を踏み出す。

この半年間でプロサッカー選手としての大きな手応えを掴んだ都倉選手は、ザスパ草津に完全加入することを決断する。 すると開幕からポジションを掴み大活躍を見せる。2009年の都倉選手は、リーグ戦43試合出場23得点とJ2得点ランキング2位となり、一気に注目の選手となった。

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