「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

ガンバ大阪でブレイクなるか、元大学No1ストライカー赤崎秀平選手

2017 5/17 09:55Aki
サッカー 移籍
このエントリーをはてなブックマークに追加

大学ナンバーワンストライカー、赤崎秀平選手

関東大学サッカーを知る人にとって筑波大学の赤崎秀平(あかさきしゅうへい)選手は少し特別な存在かもしれない。
それまで関東大学リーグ戦での通算最多得点記録は、現在ヴィッセル神戸でキャプテンを務める渡邉千真(わたなべかずま)選手の37得点だったが、赤崎選手はこの記録をなんと3年生で更新する。
当時の筑波大学は、後に川崎フロンターレの監督に就任し、現在名古屋グランパスの監督を務める風間八宏(かざまやひろ)氏が監督を務めるチームだった。 またさらにチームには大学卒業後に川崎フロンターレでプレーする谷口彰悟(たにぐちしょうご)選手などが在籍しており、そのスタイルはショートパスをつないで攻め込む川崎フロンターレで行っていたサッカーの原形の様なサッカー。
素晴らしい動き出しからボールを引き出すだけでなくパワーもあり、フィニッシュは常に冷静で、最終的に関東大学リーグ戦での通算得点記録をそれまでより10以上上回る48にまで伸ばしたほどゴールを量産する赤崎選手は、所属する筑波大学で圧倒的な存在感を見せつけ、名実ともに大学ナンバーワンストライカーとして誰もが知る存在だった。

高校ナンバーワンストライカー、赤崎秀平選手

赤崎選手は筑波大学進学前、佐賀東高校在籍時にも既にU-18日本代表の主力選手として選ばれており、高校ナンバーワンストライカーとして知られていた選手だ。
高校3年時の2009年、奈良県をメイン会場として行われていたインターハイでは、赤崎選手、そして現在川崎フロンターレから期限付き移籍でベガルタ仙台でプレーする中野嘉大(なかのよしひろ)選手の活躍で佐賀東高校は躍進する。そして準決勝では後に鹿島アントラーズでのチームメイトとなる昌子源(しょうじげん)選手率いる米子北高校との対戦となり、最終的に米子北高校が決勝進出をきめることとなるが、この試合で見せた赤崎選手と昌子選手のマッチアップは、昌子選手が広く世間に名前が知られるようになった原点でもあり、今も語り継がれるほどの壮絶な勝負として知られている。
高校ナンバーワンストライカーであった赤崎選手のもとには多くのクラブスカウトの間で争奪戦が行われ、実際に浦和レッズからもオファーが届くが、赤崎選手が選んだのは筑波大学への進学だった。
その理由として、赤崎選手が高校1年生だった当時、後の自分と同じように高校ナンバーワンストライカーと呼ばれていた大前元紀(おおまえげんき)選手がほとんどプロの世界で試合に絡めていなかったからで、当時の大前選手よりも自分が優れているとは感じられなかったためまずは大学で自分自身のレベルを上げなければならないと考えていたそうだ。

おすすめの記事