元祖中学生Jリーガー 森本貴幸選手|【SPAIA】スパイア

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元祖中学生Jリーガー 森本貴幸選手


Jリーグ最年少出場記録が更新された2016年

2016年はJリーグで数多くの16歳以下の選手がプロデビューするという異例の年だった。
その主役となったのはAFC U-16選手権2016で今年開催されるFIFA U-17ワールドカップの出場権を獲得したメンバー。その中でもJ3にセカンドチームを持つクラブに所属している選手で、2016年10月にAFC U-16選手権2016を終え帰国すると、そのメンバーの内まずセレッソ大阪の下部組織に所属する山田寛人(やまだひろと)選手がJリーグ歴代4位となる16歳7ヶ月でJリーグデビューした。
するとその翌週にはFC東京の下部組織に所属する平川怜選手が16歳6ヶ月でデビューを果たし山田選手の記録を塗り替えることに。2000年生まれの選手が次々とJリーグデビューを果たす。
そしてさらにその翌週に、同じくFC東京の下部組織に所属する久保建英選手がJリーグデビュー。久保選手はこの3人の中でも1年生まれ年が遅い2001年生まれとなるので、15歳5ヶ月、中学生でのJリーグデビューでJリーグ最年少出場記録を更新した。
中学生としてJリーグデビューを果たしたのはJリーグの歴史の中で2人目の記録だが15歳5ヶ月は史上最年少の記録だ。
ここで注目して頂きたいのが中学生Jリーガーは史上2人目だということ。つまり久保選手よりも前に中学生にしてJリーグデビューを果たした選手がいたという事だ。

Jリーグ史上初の中学生Jリーガー

Jリーグ史上初めて中学生でデビューを果たしたのは、現在川崎フロンターレに所属する森本貴幸選手だ。当時東京ヴェルディジュニアユース(中学生年代のチーム)に所属していた森本選手は、中学卒業を間近に控えた2004年、当時の東京ヴェルディ監督であったオズワルド・アルディレス監督がシーズン開幕を前にトレーニングを行っているトップチームへの帯同を許可した。
開幕前のキャンプの時期に、将来有望な若手選手を帯同させる事はそれほど珍しい事ではないが、森本選手の場合はなんとそのまま2004年シーズンの開幕戦となるジュビロ磐田戦のメンバーとしてベンチ入りする。そして後半6分に平本一樹選手との交代でJリーグデビュー。この瞬間Jリーグ史上初となる中学生Jリーガーが誕生した。
そしてこの森本選手の記録がさらにすごいのは、2016年の久保選手がプレーしたカテゴリーがJ3、いわば3部リーグだったが、森本選手がデビューしたのはトップディビジョンであるJ1なのだ。
日本のサッカーの最高峰の舞台で、日本代表としてワールドカップでも活躍を見せた選手と15歳の中学生が激しくマッチアップする、という事だ。

スピードとキレで勝負するストライカー

大人の中で戦う中学生という状況だった森本選手。この構図から考えるとFC東京の久保選手のように線は細いがテクニックに優れた天才中学生という選手像をイメージするかもしれないが、実際のプレーは全く逆だ。
丸刈りの容姿からも当時大ブレイクしていたブラジル代表選手になぞらえ「和製ロナウド」と言われた様に、スピードとキレで貪欲に勝負をするストライカーなのだ。
フィジカルも中学生とは思えないほど充実しており、また大人相手に身体をぶつけにいくメンタルの強さも持っていた。
そしてデビューから6試合目となる5月5日のジェフユナイテッド市原(当時)戦の77分に投入されると、試合終了間際の87分、当時日本代表だった茶野選手を振り切りヘディングで初得点を記録。16歳10ヵ月は13年経った現在もJリーグ全カテゴリでの最年少ゴールとして記録されている。
1年目のシーズン森本選手は、選手としても監督としてもヨーロッパのトップクラブの経験を持つアルディレス監督がその豊富な経験から、身体や精神面での負担を考え、途中出場がメインにしながら出場時間を慎重にコントロールして起用を続ける事でシーズンを通じて活躍を続けJリーグの新人王を獲得する。16歳での新人王は現在でのJリーグ記録となっている。

イタリア、セリエAへ

衝撃の1年目のシーズンを過ごした森本選手だったが、翌年には成績低迷でアルディレス監督が解任された事もあって2年目以降は目立った活躍が出来なくなっていた。
そこで森本選手は3年目のシーズン途中にイタリアセリエAのカターニャへ移籍が決定する。
この時の森本選手はまだ18歳になったばかりという事もあり、当初はカターニャのユースチームでトレーニングを行っていたが、そのプレーが認められシーズン途中にトップチームに引き上げられることに。そして2007年1月にはセリエA初ゴールを決める活躍を見せる。
しかしこの年の3月に前十字靭帯断裂の大怪我を負い離脱してしまう。
森本選手に起こった最初の大きな怪我だった。
翌シーズンの開幕までにはこの怪我を完治させ、再びピッチに戻ってくるが、この大きな怪我を皮切りに森本選手は怪我に悩まされながらキャリアを過ごすこととなっていく。
またこの怪我により森本選手のプレースタイルにも変化が見られた。これまでよりもゴール前での一瞬の駆け引きで勝負するストライカーとなり、セリエA3年目の2008-2009シーズンには27試合出場7得点を記録し、イタリアでも注目の若手選手として知られるようになる。しかし、その後も何度も怪我に苦しめられることとなっていった。

思い出の地等々力で復活を目指す

森本選手はその後イタリア時代の恩師に請われ日本人選手としては初の中東のクラブでプレーすることとなるが、2013年8月にJ2のジェフユナイテッド千葉への移籍を決め、7年ぶりの日本復帰を果たす。2016年シーズンからはJ1の川崎フロンターレでプレーしている。
森本選手にとって川崎フロンターレの本拠地、等々力陸上競技場は思い出の地だ。
というのも森本選手が本格的にキャリアを積む事となる東京ヴェルディの下部組織に加入した頃は、まだヴェルディ川崎と名乗り、等々力陸上競技場をホームスタジアムとしていた頃なのだ。
そして森本選手はここ川崎市で育っており、等々力陸上競技場で活躍する三浦知良選手らの姿に憧れてよりサッカーにのめり込んでいったのだ。
川崎フロンターレはこれまでの絶対的エース大久保嘉人選手がチームを去った事で、チームを再建中だ。開幕直後は本来中盤の阿部選手らをセンターフォワードとして起用しているが、まだ昨シーズンの迫力を出すことが出来ていない。
森本選手の思い出の地での復活は、本人だけでなく、多くの人が待ち望んでいる。

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