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サガン鳥栖の10番を背負ってきた名選手5人

2016 7/31 18:20
サガン鳥栖
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2011年の初のJ1昇格以来、5年連続J1で戦い続けているサガン鳥栖。チームを支えてきた名選手はどんな選手がいるのだろうか?今回は、サガン鳥栖の歴代背番号10番の選手を紹介する。

初代背番号10番はこの人!中村伸

クラブ創設期の1997年から2000年まで背番号10番をつけたのが中村伸だ。サガン鳥栖がJ2の初期クラブとなった1999年には、自身のJリーグ初ゴールでサガン鳥栖のJリーグ初勝利に貢献するなど、中心選手として活躍した。創設時のチームを引っ張った選手として人気も高く、古いサガン鳥栖サポーターは、未だに背番号10といえば中村伸を思い出す人も多いそうだ。その後はベガルタ仙台へ移籍しJ1でもプレーしたが2002年に引退。引退後は指導者の道に進み、2014年からはサンフレッチェ広島のコーチに就任している。

あの中村俊輔の先輩もつけた背番号10番!鈴木勝大

中村伸の移籍後、2001年から背番号10番をつけたのは、同年にアビスパ福岡から移籍してきた鈴木勝大だ。横浜の名門桐光学園高校出身の鈴木勝大は、高校時代に1年先輩としてあの中村俊輔ともプレーしている。サガン鳥栖で4シーズンプレーした後はヴォルカ鹿児島、ロアッソ熊本でプレーして引退。現役中に所属した4チーム全てが九州に本拠地を置くという、なんとも珍しい選手だった。引退後は指導者の道へ進み、現在は母校桐光学園高校サッカー部の監督として活躍中だ。

2004年シーズンサガン鳥栖大躍進の立役者の一人!本橋卓巳

創設期から苦しいシーズンが続いたサガン鳥栖だが2004年のシーズンは前半戦で勝ち星を積み重ねるなど大躍進のシーズンとなる。そんな2004年のシーズンに背番号10番をつけていたのが本橋卓巳選手だ。サガン鳥栖でプレーしたのはわずか1シーズンだが、ピッチ外でも様々な混乱があった当時のチームの中心となって活躍し、サポーターを勇気づけた。2004年シーズン以後はモンテディオ山形、栃木SCでプレーし、2013年に引退している。

レンタル移籍ながらサガン鳥栖の中心選手として大活躍!島田裕介

島田裕介は2009年にわずか1シーズンプレーしただけだが、サガン鳥栖サポーターの記憶に焼き付いている選手だ。前年の2008年にザスパ草津でチームMVPに選ばれる活躍をし、大宮アルディージャからレンタル移籍してきた島田裕介は、サガン鳥栖でも50試合で8ゴールを決めるなど結果を残した。8ゴールはサガン鳥栖歴代10番の1シーズン最多ゴール記録だ。その後、徳島ヴォルティスや韓国の江原FCでプレーし、2013年に現役を引退。現在は解説者として活動している。

サガン鳥栖の最高の背番号10番はこの人!金民友

2010年から現在まで背番号10番をつけ、サガン鳥栖の中心選手として活躍しているのが韓国出身の金民友。2015年シーズンまでの6シーズンで背番号10をつけ183試合に出場、26ゴールを決めている。2016年からはチームの主将にも就任し、名実ともにサガン鳥栖の中心になった。まだまだ26歳と若い金民友、彼がいる限りサガン鳥栖に新しい背番号10番をつける選手は現れないかもしれない。韓国代表にも2010年から選ばれ、12試合に出場している。

まとめ

2011年に念願のJ1昇格を果たして以来コンスタントに上位争いに参加しているサガン鳥栖。2010年以前は入れ替わりの激しかった背番号10番。昇格後は全シーズン金民友が背番号10番をつけているが、このままJ1で戦い続ければ今後も数多くの名選手が生まれるだろう。

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