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サンフレッチェ広島の歴代ユニフォームを振り返ってみよう!

2016 11/19 22:39
サンフレッチェ広島Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

広島カープとともに広島県民に愛されるサンフレッチェ広島は幅広い年齢層から支持されている。今回は昔のサンフレッチェを知らない方へ、知っておきたい歴代ユニフォームの変遷を紹介する。

サンフレッチェ広島、1990年代のユニフォーム

1993年のJリーグ初年度、サンフレッチェ広島はバクスター監督のもと、イワン・ハシェック、パベル・チェルニー、盧 廷潤といった外国人選手と高木琢也、森保一、風間八宏などの有力日本人選手をそろえたメンバーで参戦する。チームカラーは広島県のサッカー強豪校・広島一中のユニフォームから紫が採用される。
ユニフォームデザインは紫をベースとした襟付きで、右肩から左脇へかけてオレンジ、グリーン、シルバーのモザイク柄の帯が配置されている。サプライヤーはミズノで、胸スポンサーは1993年はフォード、1994年からはマツダになった。
1996年にはデザインを一新、紫色の濃淡でチェック柄のユニフォームで1999年シーズンまで戦う。胸スポンサーは1997年からDeODEOに変わる。

2000年から2010年までのユニフォーム

2000年からはデザインが変わり、襟なしのVネックになる。全体としては紫をベースにして、肩とパンツのサイドにミズノのMCラインが入っているの襟と腕にかけて赤いラインが入っているのが特徴だ。
2003年にはマイナーチェンジして変形クルーネックに変わる。2005年にはMCラインがなくなりシンプルなデザインに変更されるが、2007年にはまたMCラインが復活と、このころは微妙なマイナーチェンジが続いた。
2010年には機能性の部分で大きな変化があり、胸、裾、わき腹のベンチレーションにより、速乾性、サラサラ感、動きやすさを実現した。この時期のサンフレッチェ広島は2007年にJ2降格を経験するが、一年でJ1に復帰すると2009年にJ1で4位にはいるなど浮き沈みの激しい時期を過ごしている。

2011年以降のユニフォーム

2011年には長年サプライヤーを続けていたミズノからナイキへと変更される。これに伴いユニフォームデザインも一新、紫をベースとしながら海、山、無数の島といった広島の自然のイメージをモチーフとした濃紫の幾何学模様が配色されている。生地には機能性も高く、速乾性の高いナイキのドライフィットが採用された。
翌年の2012年は同様のコンセプトで、広島県の多くの島々を紫色の濃淡で表現したチェック柄のデザインへと変更される。そしてこの年からは胸スポンサーがエディオンに変更され、カタカナで大きくエディオンという文字が入るという印象的なユニフォームになっている。
チームはこの年、森保一監督の初年度を迎えていたが、独特のサッカースタイルを貫いて見事にJ1リーグ初優勝を果たしている。

2013年以降のユニフォーム

2013年のユニフォームはシンプルなクルーネックになり、紫の濃淡によるボーダー柄へと変更される。また、胸のエディオンのロゴもアルファベットによるデザイン文字へと変わっている。この年は鬼門のカシマスタジアムで勝利しての劇的な逆転優勝を果たして、リーグ戦2連覇を成し遂げている。
2014年には世界文化遺産でもある厳島神社の鳥居をイメージしたデザインに変更、真ん中に縦の濃い紫のラインが入り、力強さや堂々とした感じが表現されている。
2015年はクラブエンブレムから発想を得た縦のストライプ柄を採用していて、よく見ると濃い紫部分はグラデーションになっているという凝ったデザインになっている。前年8位に沈んだチームはこの年に浅野拓磨の活躍などでチャンピオンシップに勝利、再びリーグ優勝を果たす。

まとめ

サンフレッチェ広島の歴代ユニフォームを紹介してきた。サプライヤーの変更もあり、ユニフォームデザインもいろいろなものがあるので、ぜひお気に入りのデザインを探していただきたい!

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