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川崎フロンターレ、ユニフォームの歴史をご紹介!

2016 11/19 22:39
サッカー
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出典http://mt-public.mizuno.jp

川崎フロンターレの選手たちがどんなユニフォームを着てきたか知りたい方必見!ユニフォームの歴史を紹介する。

Jリーグ昇格を決めた1997年当時のユニフォーム

川崎フロンターレは、もともと「富士通川崎フットボールクラブ」としてJFLで戦っていた。1997年には本格的にJリーグ昇格を目指し、元Jリーガーを大胆に補強して勝負に出る。
この時にブラジルのグレミオというチームとの提携も決まったため、グレミオのユニフォームを基にした水色と黒色をベースにしたストライプ柄のユニフォームが採用される。ユニフォームサプライヤーはペナルティ社で、ユニフォームの胸部分には富士通のロゴが入っている。
これより、現在の川崎フロンターレユニフォームの原型ができ上がる。1999年にユニフォームサプライヤをアシックスに変更するが、デザインは踏襲し2000年のJ1リーグ初参戦までこのユニフォームで戦う。

2001年当時のユニフォーム

2000年に初めてJ1リーグに参戦した川崎フロンターレは、リーグ戦16位でJ2に降格する。
迎えた2001年はユニフォームのデザインを一新し、左半身が黒、右半身が水色という大胆な配色のデザインへ変更した。このデザインで2003年シーズンまでの3期を戦う。この間チームは、J1リーグで戦うために石崎信弘監督、ジュニーニョ、アウグストなどを迎え入れる。
2004年シーズンには監督に関塚隆を迎え入れ、ユニフォームデザインをマイナーチェンジ。襟がないクルーネックに変更したほか、肩口の色が右が黒で左が水色になり、胴部分と入れ違いの配色になる。このユニフォームでJ1昇格を果たすと、2010年シーズンまではマイナーチェンジが続く。チームはジュニーニョを中心に健闘し、J1リーグでも優勝争いができるほどに強くなる。

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