「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

平成9年 夢のW杯「ジョホールバルの歓喜」【平成スポーツハイライト】

2018 12/29 07:00SPAIA編集部
ワールドカップ,ⒸShutterstock.com
このエントリーをはてなブックマークに追加

韓国に敗れ、加茂監督更迭

「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれるワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選第3代表決定戦は、間違いなく日本サッカー界における転換点だろう。今では出場することが当たり前のように捉えられているが、最初に扉を開けた当時の日本代表の奮闘がなければ、その後の発展も遅れていたかも知れない。

歓喜の瞬間が訪れるまでには紆余曲折があった。平成9年9月7日、アジア最終予選B組に入った日本は初戦のウズベキスタン戦を三浦知良の4ゴールなどで6-3と大勝する好スタートを切った。しかし、続くUAE戦を引き分け、3戦目はホームでの宿敵・韓国戦だった。

後半22分、山口素弘のループシュートで先制すると加茂周監督は呂比須ワグナーを交代させて逃げ切りを図ったが、それが裏目に出て後半39分、42分と立て続けに失点して逆転負け。4戦目のカザフスタン戦もロスタイムに同点ゴールを許して引き分け。首位・韓国と勝ち点7差となり、加茂監督は解任、岡田武史ヘッドコーチが急遽、監督に就任した。

岡田体制となって初戦のウズベキスタン戦は1-1の引き分け、続くUAE戦もドロー。この時点で勝ち点16の韓国のワールドカップ出場が決定し、勝ち点7だった日本は土俵際に追い込まれた。しかし、続くアウェーでの韓国戦、名波浩と呂比須がゴールを決めて2-0で勝つと、カザフスタンとの最終戦は5-1で快勝。なんとか第3代表決定戦に駒を進めた。

“野人”岡野が決勝ゴール

A組2位のイランとの第3代表決定戦はホームアンドアウェーではなく中立国・マレーシアでの一発勝負だった。日本から乗り込んだサポーターだけでなく、クアラルンプールの日本企業や日本人学校の在留邦人も多数応援に駆け付けた。

平成9年11月16日現地時間午後9時(日本時間同10時)、キックオフのホイッスルが鳴った。カズと中山雅史のツートップが前線で走り回る。前半39分、その中山のシュートで日本が先制した。しかし、イランは後半が始まってすぐにアジジのゴールで同点とし、同14分にはダエイがヘディングシュートを決めて2-1と逆転した。

追い込まれた岡田監督はカズと中山を同時に交代させ、城彰二と呂比須ワグナーを投入。指示を受けたカズは信じられないという表情で自分の胸のあたりを指差しながら、「俺?」と確認した。チームを引っ張ってきた大黒柱を交代させるショッキングな作戦は、結果的に「吉」と出る。後半31分、中田のクロスを城がヘディングで合わせ、2-2の同点。そのまま90分を戦い切り、ゴールデンゴール方式の延長戦に突入した。

延長開始と同時に北澤豪に代えて岡野雅行が入った。“野人”と称される荒々しさと快足でゴールに迫ったが、GKと1対1の場面でシュートを打たなかったり、打ったシュートはバーの遥か上を通過したり、ことごとくチャンスを潰した。

前後半15分ずつの延長戦も終わりに近づき、PK戦の空気が流れ始めた延長後半13分、中田英寿のシュートを相手GKが弾き、こぼれ球に飛び込んだのが岡野だった。スライディングしながら右足で放ったシュートが、今度はゴールに吸い込まれた。 勝った!

本大会は3戦全敗

翌年、初めてのワールドカップ・フランス大会。グループHに入った日本はアルゼンチン・バティストゥータのパワーに圧倒され、クロアチア・シューケルのテクニックに翻弄され、ジャマイカの野性味を封じることができなかった。3戦3敗、勝ち点0。ワールドカップは夢から目標に変わった。

おすすめの記事