「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

10年ぶりに復活した香川・乾の「黄金コンビ」が日本代表を救うか

2018 6/19 13:49SPAIA編集部
日本代表,乾貴士,香川真司,Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

黄金コンビ復活

西野監督就任後も連敗を続けていた日本代表だったが、本大会直前6月12日のテストマッチでようやく初勝利を挙げた。

その中心となっていたのが、当初はサブ組と位置づけられていた香川真司と乾貴士。かつてセレッソ大阪の「黄金コンビ」としてJ2を席巻した2人が世界を舞台に輝きを放とうとしている。

黄金コンビの誕生

香川と乾。育成年代から卓越した技術で知られていたこの2人は、学年としては同級生なのだが、クラブチームと高校サッカーと所属するチームのカテゴリーが異なっていたこともあり、ピッチでの接点はほとんど無かった。

そんな2人が運命的ともいえる出会いを果たすのは2008年6月。乾が香川の所属していたセレッソ大阪に期限付き移籍したことに始まる。

当時の乾は高校サッカー選手権優勝という実績を引っさげて横浜F・マリノスに加入したものの出場機会はほとんどなし。一方の香川は前年にセレッソ大阪でポジションを掴むとU-19日本代表、U-23日本代表の世代別代表だけでなくフル代表にも選出されていた。

当時J2だったセレッソ大阪は代表の活動でチームを外れることが多くなっていた香川の代役を必要としており、そこで白羽の矢が立ったのが乾だった。

この2人が初めてピッチで並び立ったのは2008年7月6日J2第24節のサガン鳥栖戦。当時のエース古橋達弥が怪我で離脱。レヴィー・クルピ監督が様々な選手を試していく中でついに乾にも出番が回ってきた。

4-4-2の左SHに香川、右SHに乾が入ったこの試合は結果としては敗れたものの乾はドリブル、パスと持ち味を発揮。さらに初コンビとなった香川とも息のあった連携をみせたのだ。

この試合でクルピ監督に認められた乾は続くモンテディオ山形戦でも先発出場を果たすと初ゴールを記録。このゴールをアシストしたのは香川だった。

J2を席巻した黄金コンビ

香川がミスターセレッソ森島寛晃氏から背番号8番を引き継ぎ、乾は完全移籍となり背番号7番を背負った。翌年の2009年、クラブは前年までのエース古橋を放出し、この2人をチームのエースに据えると開幕から他チームを圧倒。優勝こそ逃したもののJ1昇格を勝ちとった。

2008年途中からシステムを3バックに変えたことで香川と乾が近い位置でプレーできるようになり、この2人のコンビプレーが活発化。ポジションを目まぐるしく入れ替えながら、ドリブル、スイッチ、パス交換、スルーパス、様々な方法でゴールを陥れる2人を止められる選手はJ2にはいなかった。

特に難しいプレーをしているわけではないのだが、この2人は足を止めることなくプレーし続けるため、そのスピードについていくことができなかったのだ。

最終的に2009年には香川が27得点、乾が20得点と2人で計47得点を記録。当時ハイライト番組の司会をしていた野々村芳和氏(現北海道コンサドーレ札幌社長)が「まるでキャプテン翼の翼くんと岬くんの様だ」と表現したことで、いつしかこの2人は「黄金コンビ」と呼ばれるようになっていた。

10年の年月を経て世界の舞台に挑む黄金コンビ

2010年に香川がボルシア・ドルトムントへと移籍したことで「黄金コンビ」は解散。さらに日本代表では同じポジションを争う形になり同時にピッチに立つことはほとんど無くなった。

そんな状況が6月12日のパラグアイ戦で一変する。

この試合で先発したのは直前のスイス戦の「サブ組」10人。かつての「黄金コンビ」が復活すると、これまでの鬱憤を晴らすように攻撃陣が躍動。一気に本大会でも起用される見込みが高まった。

ピッチ上では抜群のコンビネーションを見せるこの2人だが、セレッソ大阪時代から練習の合間に会話しているのはお互い別のグループ。もちろん不仲ではなかったが、特別仲が良いというわけでも無かった。

しかしピッチに入ればまるでお互いを知り尽くした親友の様なコンビネーションで、香川が乾の、乾が香川の良さを引き出す。それは初めて同じピッチに立ったあの日からそうだった。

「黄金コンビ」はおよそ10年ぶりの再結成となるが、この2人には時間は関係ない。この10年間、ヨーロッパで経験を積みさらに大きくなった「翼くん」と「岬くん」。ワールドカップの舞台で「黄金コンビ」が大きな輝きを見せる可能性は十分ある。

関連記事

おすすめの記事