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ハリルホジッチという男 大博打に出たJFA

2018 4/28 15:46跳ねる柑橘
日本代表, ハリルホジッチ
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Ⓒゲッティイメージズ

直前の監督交代はハイリスク

4月7日、日本サッカー協会(JFA)はヴァイッド・ハリルホジッチ氏を日本代表監督から解任。W杯ロシア大会まで約2か月前という時期の突然の解任に日本中が驚いた。

報道されている解任劇とは別に、改めて考えたいことがある。それは「あと2か月というタイミングで、ヴァイッド・ハリルホジッチを解任する」という選択は妥当なのか? ということだ。

まずはこの時期での解任が適当なのか。他国の事情から見てみよう。本大会に出場する32か国を見ると、出場権獲得後の監督交代は日本が4か国目。先立つ事例は以下の3つだ。

・オーストラリア ポステコグルー氏(現横浜Fマリノス監督:2017年12月退任)
 →ファン・マルヴァイク氏(2018年1月就任)

・サウジアラビア ファン・マルヴァイク氏(2017年9月退任)
 →バウサ氏(9月~11月)→ピッツィ氏(11月就任)

・セルビア ムスリン氏(2017年10月解任)
 →クルスタイッチ氏(同月代理監督に就任、12月に正式任命)

監督交代で最も問題となるのはチームの継続性だ。上の3か国の新指揮官に与えられた時間は5か月から8か月。セルビアのクルスタイッチ氏はムスリン体制でコーチだったためチームにはそれなりの継続性がある。

一方アジア勢は立て直しに苦しんでいる。サウジはバウサ氏が就任後わずか2か月で解任され、11月に現監督のピッツィ氏が就任した。オーストラリアはマルヴァイク氏が就任したのが1月末で、親善試合はこれまで3月の2試合のみだ。

監督交代後の戦績を見てみると、サウジはピッツィ体制で7戦2勝、セルビアは4戦2勝、オーストラリアは2戦0勝。新監督たちはチーム作りで実践の機会を与えられてきたが、万全の状況とは言いにくい。

成功した国は?

過去の大会で成功と言える成績を残した交代策は、2002年大会の韓国(ヒディンク氏:ベスト4)、2014年大会のメキシコ(エレーラ氏:ベスト16)くらいだろう。それぞれ半年から1年近い時間が新監督に与えられチーム作りができた。

ハリル氏解任は本大会2か月前。残る親善試合は3つのみだ。西野体制下での方針転換は難しく、ハリル体制を継承しつつ立て直すのが現実的だ。しかし技術委員長としてサポートしてきたとはいえ現場レベルではなく、チームの継続性はある程度失われる可能性がある。

田嶋会長は「W杯で勝てる可能性を1%、2%でもあげるため」解任したというが、このショック療法でどれほどの好転があるかは未知数だ。他国の現状を見ても厳しいと言うべきだろう。

ヴァイッド・ハリルホジッチという監督

田嶋会長は解任理由に「コミュニケーションの問題」をあげた。ハリル氏は堅物で、コミュニケーションに難のある頑固な監督だったのだろうか。これまでの彼の指導歴を振り返ると、そうとは思えない事実が浮かぶ。

彼のキャリアで特筆すべきは、フランス語圏、リール(フランス)やコートジボワール代表、アルジェリア代表などでの仕事が多数を占めることだ。そこではフランス語で直接選手にコーチングし、忌憚なくコミュニケーションをとることを好んだ。

解任理由の「コミュニケーション不足」が、フランス語を理解できない日本という環境が原因だったのか、フランス的、日本的といった違いがあったのか、これは想像の域を出ない。だが過去の指導法、そして解任に際しての槙野(浦和レッズ)や川島(メス)の反応からみても、決して「コミュニケーションに難の有る監督」ではないのだ。

デュエルとカウンターだけではない

彼は日本で「デュエル」「縦に早く」が口癖だとされた。しかし彼はカウンターや対人勝負のマッチョな戦術だけではなく、いくつもの戦略を持ち合わせる戦略家だ。2014年大会で率いたアルジェリアはベスト16入り、優勝国ドイツを苦しめたのは記憶に新しい。対戦国を綿密にスカウティングし、相手に応じた戦術を直前に落とし込む柔軟な手腕が評価された。「最終局面でチームを仕上げる指揮官」なのだ。

実は彼はアルジェリア代表時代も揉め事があった。スター選手リヤド・マフレズ(レスター)の起用を巡り批判の声があがっていたが、戦術的理由でマフレズをアンタッチャブルな存在とはしなかったのだ。だが彼は代表チームとりわけW杯出場チームが国民のスターであることを理解していた。最終的には協会や国民の要求と自身の戦術との妥協点を見出し、マフレズを起用し見事に機能させた。代表チームが何を求められる集団なのか、彼はよく理解している。

このように彼がコミュニケーションを好む柔軟な思考の持ち主だということが彼の経歴を見ればわかる。2か月前の指揮官解任は他国や過去の例を見てもリスクが高いと言わざるを得ない。

冒頭の問いに戻ろう。この選択が妥当か否か、その答えは本大会を迎えなければわからない。だが過去の数字を見る限り、JFAが3年間の積み重ねよりも大博打に出る選択をしたことは間違いない。