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【35歳以上DF限定】堅実な守りを見せるサッカー選手をご紹介!

2017 9/13 14:03dai06
ジョン・テリー選手
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チェルシーのすべてを見てきた男のなかの男、ジョン・テリー

チェルシーFC(以下、チェルシー)は、2000年代にロマン・アブラモヴィッチ氏によって買収されてから、一躍世界を代表する強豪クラブとなった。
しかし、それ以前には当たり前のようにタイトルを狙えるクラブではなかった。

そんな不遇の時代から成長後の時代まで、チェルシーのすべてを知っている男がいる。それが1980年12月7日生まれのジョン・テリー選手(以下、敬称略)だ。

彼はチェルシーの生え抜きDFで、闘志あるプレースタイルが特徴だ。どんな相手に対しても果敢にフィジカルコンタクトを挑み、相手の攻撃をシャットアウトし続けた。
同クラブのキャプテンを長く務め、入れ替わりの激しくなったチェルシーにおいて、多くの同僚たちをサポートしてきた。同時にその陣容も様変わりし続けたのだが、テリーだけは変わらずスタメンに名を連ね続けることができた。

イングランド代表では少々の問題を抱え、かなり早期での代表引退に至るのだが、その選択もチェルシーでのキャプテン業に集中するには良い選択だったといえる。彼無くして現在のチェルシーはあり得ない。

2016-17シーズン、アントニオ・コンテ監督の下で変革期を迎えたチェルシーにおいては、出場機会を減らすようになるが、前述の通りピッチ内外での言動やサポートはキャプテンとしてふさわしいものだった。

多くの時間をともにしたフランク・ランパード氏は、テリーを「a man's man(男のなかの男)」と称賛している。

涙ながらにそのシーズンを終えたテリーは、まだまだ自身が最前線でプレーできることを証明すべく、アストン・ヴィラFC(以下、アストン・ヴィラ)にフリーで移籍。チェルシーのキャプテンはガリー・ケーヒル選手が引き継いだ。
アストン・ヴィラは2017-18シーズンを英国2部で戦うクラブだが、これはテリーの「(1部に所属する)チェルシーと戦うことは精神的に受け入れることができない」という意志に適うものである。

数多の窮地を救った統率者、リカルド・カルバーリョ

ポルトガル人DFであるリカルド・カルバーリョ選手(以下、敬称略)は、1978年5月18日生まれ。183cmとDFとしては小柄ながらも、複数のクラブの窮地を救い、DF陣を統率し続けてきた。

彼はポルトガルの名門であるFCポルトで、いくつかのクラブを渡り歩きながら地力をつけると、同胞のカリスマ監督、ジョゼ・モウリーニョ監督(以下、敬称略)に見込まれ2004年にチェルシーへと移籍。
成長期にあったチェルシーはこのカルバーリョと、前述のテリーらによって強固な守備陣を形成し、ビッグクラブへと成長した。ラインコントロールの適切な見極めと、前線への正確なロングフィードが彼の持ち味だ。

負傷の多い選手ではあったが、出場すれば必ずといっていいほど堅実な守りを展開した。
2006-07シーズンのチェルシーは苦しい時期が続くが、モウリーニョは「2006-07シーズンのチェルシーで最も信頼のおけるDFだった」と称賛した。

その後、モウリーニョがレアル・マドリードCF(以下、マドリード)の監督となると、これに呼応するようにマドリードへ移籍。セルヒオ・ラモス選手、ペペ選手らと守備陣を形成し、彼らが負傷した時期にはカルバーリョがその穴をきっちりと埋めた。

歳を重ねるようになると、ASモナコや中国の上海上港集団足球倶楽部へと活躍の舞台を移しつつ、現役生活を続けている。

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