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【1980年代の衝撃!】サッカー界が揺れた注目の移籍と結果に迫る!

2017 9/13 14:03dai06
ディエゴ・マラドーナ氏
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1984年!ナポリとともに生きる男、ディエゴ・マラドーナ

ディエゴ・マラドーナ氏(以下、敬称略)は、アルゼンチンとSSCナポリ(以下、ナポリ)を代表するサッカー選手だ。
1984年にナポリに加入して以来、1991年まで188試合に出場し81得点を挙げた。ナポリはこのマラドーナとともに、2度のリーグタイトルを獲得している。「ナポリの王様」と呼ばれた彼の背番号10は永久欠番となっている。エースを意味する10番が、永久欠番になることの重みは大きいだろう。

マラドーナは小柄ながらフィジカルコンタクトにも長け、スルスルと抜け出すドリブルを得意とする。1986年のワールドカップで披露した5人抜きゴールが良い例だろう。易々と抜かれていく相手選手たちは、まるでマラドーナを止める気がないようにさえ思える。

マラドーナが抜けてからのナポリは、成績低迷やセリエBやCへの降格を経験。タイトルに恵まれない時代が続いている。
それ故に当時の時代を懐かしみ、今でもマラドーナを慕うサポーターも多い。もちろん、彼の破天荒でありつつも、人懐っこい性格も人気の理由だろう。ナポリの試合においては、マラドーナのイラストが描かれたフラッグが振られることが今でもある。

2017年にはナポリの栄誉市民の称号を得ることが決定し、多くの人々が賞賛した。マラドーナは、ナポリ退団から何十年経とうとも、ナポリの街と人々とともに生きる存在なのだ。

1982年!数多のスターを押しのけて、ミシェル・プラティニ

1982年にユヴェントスFC(以下、ユヴェントス)に加入したのが、ミシェル・プラティニ氏(以下、敬称略)だ。ジネディーヌ・ジダン氏同様に、フランスを代表する存在だ。
プラティニは得点力の高さもさることながら、ゲームメイクに長けていた。相手に読まれにくいコースや角度からパスを繰り出すことができ、試合の展開を1人で左右することができる。まさに攻撃のタクトを振るうことができる選手であった。

プラティニが加入したユヴェントスには、プラティニ以外にもパオロ・ロッシ氏、マルコ・タルデッリ氏、アントニオ・カブリーニ氏といった、1982年のワールドカップで優勝したイタリア代表の選手たちが数多く在籍していた。イタリアのクラブであるユヴェントスにおいて、彼らの存在は大きかったが、プラティニは彼らを押しのける活躍を連発した。加入2年で2連続のリーグ得点王やリーグタイトルの獲得、UEFAカップウィナーズカップ(かつてCLと同列にあった国際大会)などで優勝を経験している。

現役引退後はフランス代表監督や、UEFAの会長、FIFAの会長を務めるなど、多方面で活動した。もっとも、2015年にはそのFIFAにおける汚職事件への関与を疑われ、サッカー界から姿を消してしまうのだが、今でもプラティニを慕う声は大きい。

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