スーパースターが作り上げたディフェンスリーダーの背番号5番|【SPAIA】スパイア

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スーパースターが作り上げたディフェンスリーダーの背番号5番


スーパースターにより作られた背番号のイメージ

サッカーの背番号の歴史はスーパースターによって作られてきた歴史でもある。
その代表的な番号は10番だ。それまでセンターフォワードや左よりの攻撃的な選手を表す番号でしかなかった10番という番号は、サッカー史上最高の選手であるペレ氏がこの番号をつけたことで一気にブレイクし、サッカーにおけるエースナンバーへと昇華した。

ペレ氏が10番を背負ったのは、たまたま彼がプレーしていたポジションが10番だったからに過ぎない。もし別のポジションだったなら別の番号がエースナンバーになったのかもしれない。
そして1番から11番のいわゆるレギュラー番号以外の背番号に大きな注目を集めさせたのは、オランダ人の故ヨハン・クライフ氏。クライフ氏は攻撃的なポジションの選手が身に付ける7番から11番ではなく、本来なら控え選手がつける14番を選択。これにより14番は新たにエースナンバーとなった。
現在14番を好む選手は直接的でなかったとしても少なからずクライフ氏の影響を受けている。クライフ氏が14番を選んだのは、10番はペレ氏、9番はディ・ステファノ氏。なのでそれ以外の番号をつけたかったと語っている。

フランツ・ベッケンバウアー氏がつけた5番

ディフェンダーにして背番号の印象を大きく変化させた選手がいる。 その選手とは西ドイツ代表(当時)だったフランツ・ベッケンバウアー氏だ。
ディフェンダーでありながら最後尾の中央からから攻撃参加を行い、時には攻撃の起点となり、さらにストライカーにもなる。これまでのサッカーの常識では考えられなかったリベロシステムを背番号5番をつけて体現。また彼は、チームで抜群のリーダーシップを誇った。
その結果、5番は3バックの中央でプレーするリベロの番号となった。サッカーの戦術が複雑化し、ディフェンダーによる攻撃参加がそれまで以上に難しくなっても、この背番号5番はディフェンスリーダーの象徴といえる番号となっていった。

日本サッカーの父、デッドマール・クラマー氏

フランツ・ベッケンバウアー氏は、ヨハン・クライフ氏と並ぶ当時のスーパースターだ。そんなスター選手が見せるプレーは、もちろん日本も含めた世界中に多くの影響を与えることとなるのだが、日本はそれ以上に多くの影響を受ける事となる。
そこには、日本サッカーの父とも言われるデッドマール・クラマー氏の存在があったからだ。

デッドマール・クラマー氏は、1964年に開催される東京オリンピックに向けて1960年に日本代表監督として招聘。日本サッカー界にとって初めての外国人代表監督だった。
東京オリンピックではベスト8進出し、オリンピック終了後は任期を終えドイツに帰国するのだが、その後も日本サッカーとクラマー氏の関係は続き、日本人選手のドイツ留学などに尽力した。
銅メダルを獲得した1968年のメキシコオリンピック日本代表は、クラマーの指導を受けた選手とコーチで構成されていた。

クラマー氏が日本サッカーに残したものは数知れず、現在の日本サッカー界の基礎を作ったのはクラマー氏と言っても過言ではないほどだ。
そのクラマー氏にとってベッケンバウアー氏も教え子の1人で、日本から帰国後西ドイツユース代表の監督として指導した。ベッケンバウアー氏にとってクラマー氏は最も影響を受けた指導者となり、1975年から1977年はバイエルン・ミュンヘンで、それぞれ監督とキャプテンとして数々のタイトルを獲得。
ベッケンバウアー氏は、世界トップのスーパースターであったが、クラマー氏を通じて日本サッカーとも近い位置にいる選手だった。

ディフェンスリーダーが揃う背番号5番

ベッケンバウアー氏の影響は、現在のJリーグのチームからも見ることができる。
2017年のJ1に所属する全18チームで背番号5番をつける選手をピックアップしてみよう。

北海道コンサドーレ札幌:増川隆洋選手
ベガルタ仙台:石川直樹選手
鹿島アントラーズ:植田直通選手
柏レイソル:中山雄太選手
浦和レッズ:槙野智章選手
大宮アルディージャ:沼田圭悟選手※
FC東京:丸山祐市選手
川崎フロンターレ:谷口彰悟選手
横浜F・マリノス:喜田拓也選手
ヴァンフォーレ甲府:新里亮選手
アルビレックス新潟:前野貴徳選手
清水エスパルス:鎌田翔雅選手
ジュビロ磐田:櫻内渚選手
ガンバ大阪:丹羽大輝選手※
セレッソ大阪:田中裕介選手
ヴィッセル神戸:岩波拓也選手
サンフレッチェ広島:千葉和彦選手
サガン鳥栖:キム・ミンヒョク選手

※2017年シーズン途中に、大宮アルディージャ沼田圭悟選手はツエーゲン金沢へ、ガンバ大阪丹羽大輝選手はサンフレッチェ広島へと移籍

彼らの名前を見て気がつくのは、それぞれのチームでディフェンスの中心選手であること。
北海道コンサドーレ札幌の増川選手、柏レイソルの中山選手、川崎フロンターレの谷口選手、ヴィッセル神戸の岩波選手、サンフレッチェ広島の千葉選手はそれぞれのチームで、ディフェンスリーダーとなっている。
日本サッカーはブラジルサッカーの影響も大きく受けているが、ブラジルでの5番である守備的ミッドフィールダーは横浜F・マリノスの喜田拓也選手のみしかおらず、センターバックの選手がほとんどとなっている。

ガンバ大阪のディフェンスリーダーが背負ってきた背番号5番

これまでのJリーグで5番を背負ってきた選手を振り返っても、ディフェンスリーダーが背負う傾向があることがわかる。
ガンバ大阪の宮本恒靖氏や、同じくガンバ大阪の山口智氏、ジュビロ磐田の田中誠氏、コンサドーレ札幌(当時)の名塚善寛氏、名古屋グランパスのトーレス氏らは背番号5番のディフェンスリーダーだった。 その中でもガンバ大阪の5番はこの傾向がかなり強い。
先に上げた宮本氏や山口氏はもちろん、外国人選手としてクラブ史上初のキャプテンを務めたシジクレイ氏も、そのキャプテンを務めていた2005年は背番号5番だった。
また、山口氏が退団後5番を引き継いだのは丹羽大輝選手で、期限付き加入という立場にもかかわらず、当時所属したアビスパ福岡ではキャプテンと選手会長も務めるという異例の存在となっていた。
丹羽選手は2017年シーズン途中に塩谷司選手が移籍したサンフレッチェ広島へ移籍したため、2017年後半戦は5番を空き番号として戦う事になるようだが、おそらく来季以降この5番は再びディフェンスリーダーが背負う事になるだろう。

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