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ファンに語り継がれる、スキー競技で起きた奇跡のエピソード5選!

2017 3/3 18:51吉田 和喜
スキー
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Photo by lassedesignen/ Shutterstock.com

スポーツ種目では時々「奇跡」としか呼べないような記録や結果が出る。ただしその裏では、結果を出すために血のにじむような努力をしていることも。そんなスキー競技で語り継がれる奇跡のような記録を紹介する。

火の丸飛行隊金メダル獲得の奇跡

1998年長野オリンピック、ラージヒル団体戦で日本は初の金メダルを獲得。その快挙に日本中が湧いた。そして最後のジャンプを飛んだ原田選手はコメントでも、

「俺じゃないよ みんななんだ みんな」

出典: フジテレビ

と語り話題となった。これはその時のチームメンバー4人ではなく、テストジャンパーとして裏方で働いた25人のことだった。
その中には原田選手がリレハンメルオリンピックでともに団体に出場した西方選手の存在も。原田選手はラストジャンプの際、様々な思いを抱きながら裏方として働く元チームメートへ感謝の気持ちも込めて西方選手のアンダーウェアを着て日本初の金メダルを獲得したのだった。

病気に負けない強さ、ソチ冬季五輪奇跡の銅メダル

ソチ冬季オリンピックで日本は銅メダルを獲得した。それを誰よりも喜んでいるのは竹内選手とその仲間かもしれない。オリンピック出場のわずか1カ月前に難病である「チャーグ・ストラウス症候群」を発症している可能性が高いことが分かったのだ。喘息にも似た症状から始まり、死の危険もある難病だ。
もうオリンピックに出られないかもしれない、という状況の中で2週間の入院、家族の献身のサポートを受けながら、竹内選手はオリンピック出場を決めた。そして長野オリンピック以来となる男子団体戦でのメダルを獲得したのだ。

1回きりのオリンピック出場を決めたマイケル・エドワーズ選手の奇跡

とびきりの素人が情熱と勇気だけでオリンピック出場を決めた1998年英国の出来事。マイケル・エドワーズ選手は13歳の時からアルペンスキーをはじめ、家も貧しかったため、アマチュアとしていくつもの大会に参加していた。怖いもの知らずで怪我が多く体中の骨を骨折。
22歳の時に英国にスキージャンプ選手がいないことに気づき方向転換、そこから単身オーストリアにわたり、寝られるところならどこでも寝て、ほかの国の代表選手に道具をもらいジャンプを教えてもらいながら、ついにカルガリーオリンピック出場を決めるのだ。結果はダントツの最下位だった。ただし出場することに意義がある、とメディアでも大きな話題となった。

マルセル・ヒルシャー選手のアルペンスキー総合5連覇の奇跡

スキーを楽しむ人なら、マルセル・ヒルシャー選手の名前は覚えておこう。アルペンスキーのメッカであるオーストリアで最強のエースとして活躍するスキーヤーだ。抜群の安定感を武器にゴールラインを割りさえすれば表彰台に上る実力選手。
アルペンスキー総合で5連覇を成し遂げるという偉業を達成しており、これは男子ワールドカップ史上初の快挙だ。これから男女合わせて誰も達成したことのない6連覇の記録に期待がかかる。

向上心の塊のような高梨沙羅選手、最多勝利の奇跡

1996年生まれの20歳になったばかりの高梨沙羅選手。そんな年若い彼女はすでに女子スキージャンプ界の女王としての風格もある。すでに勝利数を49まで上げ、前人未到の記録を更新し続けている。
そんな高梨選手の躍進の秘密は向上心にあるようだ。身長は152センチとアスリートとして決して恵まれているほうではない。それでも常に人一倍の努力を繰り返し、常にパフォーマンスを向上させるため、すべてをジャンプに捧げているのだ。そんな努力家な高梨選手なので、ファンも多いのかもしれない。

まとめ

スキー界で語り継がれるべき、奇跡のような出来事を紹介した。2018年には平昌オリンピックも開かれる。リアルタイムで応援して、これから起こる若手スキー選手たちの奇跡のようなパフォーマンスの目撃者になろう。

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