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古き良き日本のプロレスを体現する男、柴田勝頼選手

2016 12/21 10:03
プロレス
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出典 http://number.bunshun.jp

新日本プロレスを愛するがあまり、一度はその場を離れ、そして鍛え上げた肉体と自信のスタイルとともに新日本プロレスに戻ってきた男、柴田勝頼選手。 そのプロレス感や生い立ちなどを紹介する。

柴田勝頼選手の生い立ち

プロレスラー・レフェリーとして活躍した父親・柴田勝久さんの影響で、自分もレスラーになるだろうと思っていたという柴田勝頼選手。三重県立桑名工業高等学校で、後藤洋央紀選手とともにレスリング部を立ち上げた。
レスリングの推薦で福岡大学への進学が決まっていたにもかかわらず、大学に行ったら4年間プロレスラーになれないとの思いで、高校の恩師と相談。推薦を取り消してもらい、新日本プロレスの入門テストを受けた。

新日本プロレスから離れる決意をした柴田勝頼選手

2005年1月から2012年9月まで約7年半にわたって新日本プロレスから離れていた柴田勝頼選手。2004年頃から棚橋弘至・中邑真輔両選手とともに会社とファンから期待され、「新・闘魂三銃士」と呼ばれていた。しかし、草間政一社長の「第3世代には若い選手の踏み台になってもらう」という、選手を消耗品としてとらえているかのような態度に激怒し、新日本プロレス退団を決意したという。
会社とすれば、バックアップ体制を保証する意図での発言ではあったのだろうが、柴田勝頼選手としては、将来の利益のための出来レースに参加することは、自身の中の新日本プロレスを壊しかねないものだった。そのため、「退団することが新日本プロレスだと思った」と語っている。

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