ローガン・ポールのボクシング戦がPPV110万件の大ヒット
年収1450万ドルを稼ぎ出し、フォーブス誌の「世界で最も稼ぐユーチューバー10傑」リスト入りしたこともある米国の人気ユーチューバー、ローガン・ポールはかつて、日本に旅行した際のビデオブログ動画の内容が度を超しているとして世界的に大炎上したことがある。『トイストーリー』の帽子をかぶって青木ヶ原樹海に行き、首つり自殺の遺体を撮影し、「キミは死人の隣に立ったことはあるかい」などとおどけてみせたのだ(現在はこの動画は削除されている)。
この件をきっかけに、多くのスポンサーやパートナーが離れ、一時活動停止に追い込まれていた失意のポールに対し、英国の人気ユーチューバー、KSIがボクシング対決を迫ってきたことは「救いになった。人として成長するチャンスだと思った」とポールは振り返っている。
「ボクシングは自分なりの贖罪(しょくざい)なんだ」。
2018年8月に英国マンチェスターで行われた両者のボクシング戦は、ヘッドギアありのアマチュア戦だったが、YouTubeでPPV(ペイ・パー・ビュー)方式で配信され、実に110万件を販売する大ヒット興行になった(現在、試合動画は無償公開されている)。ユーチューバーとしての人気と宣伝力をまざまざと見せつけたのである。PPVで100万件突破というのは、フロイド・メイウェザーやコナー・マクレガーといった、ほんの一握りのトップスターだけが達成できる数字である。
リマッチにDAZNも参戦、会場はZ世代の祭典に
この試合の人気に目を付けたスポーツ配信サービスDAZNが実現させたのが、2019年11月にロサンゼルスのステープルズセンターで行われた「KSI対ポール」の再戦である。
DAZNバイスプレシデント、ジョー・マーコウスキーは、「個人的にはユーチューバーに興味はないが、彼らのSNSでの影響の大きさや数字を見て、米国で新しいボクシングファンを増やすためにも、何か新しいことをしないといけないと考えた」と語っている。
会場には満員の観衆12,137人が詰めかけたが、客層はふだんのボクシングイベントとは大きく違っていた。親同伴でやってきたちびっ子、高校生のグループなど、いわゆるZ世代(90年代後半以降生まれの世代)のファンが大半を占めたのだ。
VIP席には、ジャスティン・ビーバーを筆頭に、セレブやインフルエンサーが押し寄せた。リック・ロス(ラッパー)、ウィズ・カリファ(ラッパー)、ダン・ビルゼリアン(インスタグラマー)、エド・シーラン(シンガー)、Miniminter(ユーチューバー)、ソニー・レイ(フィットネスモデル)、アビー・ラオ(インスタグラムモデル)らである。
若いファンは、会場内で行われている試合そっちのけで、VIPエントランスから来場してくるセレブたちに群がり、スマホを向けた。もっとも25歳以上の人には、誰がセレブで誰がセレブではないのか、ほとんど区別も付かなかった。
商業的大成功も、ボクシング関係者からは苦言
カリフォルニア州アスレティック・コミッションからライセンスを受けたプロボクシング公式戦6回戦、ヘッドギアなしで行われた試合の結果はスプリット判定でKSIが勝利している。
この試合は米国では、サウル・アルバレスのビッグマッチを抑え、DAZNの配信コンテンツ中で最多視聴者数をたたき出した。英国では、アンソニー・ジョシュア対アンディ・ルイスのプロボクシングヘビー級タイトルマッチをしのぎ、2019年で最も多くのPPVを販売した。DAZNはこの日、人気アプリランキングで1位に上昇、SNSやGoogle検索でもこの試合はトップトレンドを獲得している。

ボクシング専門サイト『Mayweather Channel』や『Seconds Out』はこの試合を世紀のビッグイベントとして取り上げ、『New York Times』や『Ringer』といったふだんはボクシングを取り上げないメインストリームメディアも特集記事を掲載した。誰もが、この試合がたたき出す数字を無視することはできなかったのである。
もちろん、古くからのボクシングファンや関係者からは、「プロデビュー戦同士の試合がメインイベントで、デビン・ヘイニーやビリー・ジョー・サンダースのタイトルマッチがアンダーカードに配置されるとは何事か」と批判的な声もあがっている。大御所ボクシング評論家、ラリー・マーチャントは「軽薄だな。ろくな結果にはならんだろ」と吐き捨てた。あるボクシングライターは、「彼らがお遊びでやっている分には構わないが、自分の仕事に関わってくるとなると厄介だ。ボクシングに近道などあってはならない」と語っている。
ローガン・ポール、次はベラトールマットに照準
人気ユーチューバーは、普通の芸能人と比べても、より熱烈なファンを育てているとされる。ファンはまるで個人的な知り合いであるかのような親密さを感じているのだという。企業が投資したくなるのはまさにこの点だ。
一方でユーチューバーには、いったんYouTubeの世界を離れると、まだまだ正当な評価を受けにくい面がある。ユーチューバーがボクシングのようなイベントを行う意味はそこにあるのだ。

高校時代にはレスリングをしていたというローガンは、今度はMMAへの進出をもくろんでいる。その舞台として想定されているのは、やはりDAZNで配信されている業界第2位のMMA団体ベラトール、対戦相手は同じくユーチューバーのJMXだ。
「ファイトマネー次第ではやってやる。単刀直入に言おう。DAZNから数百万ドルもらいたい。対戦相手はJMXでなくてもいい。JMXと同じくらい強くて、オレと同じくらいの登録者数を持っているヤツなら誰でもいいぞ」