キセキの難しさ
無観客競馬が続く春競馬。いつもならキセキのスタートにきっとスタンドがどよめいたことだろう。出遅れというより出なかったスタートは父ルーラーシップと重なってくる。
後方からスタンド前で外を自ら動き、1角で3番手は強引すぎたか。ただ2年前のジャパンCの残り1000mからのロングスパートなど川田騎手とキセキのコンビはねじ伏せるような底力勝負をしばしば仕掛ける。
最初の1000mは
13.2 - 12.2 - 12.3 - 12.2 - 12.7の1分2秒6。
過去10年で3番目に遅い緩やかな流れだった。しかし、キセキが仕掛け、3番手から先頭、2番手のドレッドノータス、タイセイトレイルの矢作厩舎2騎に外から並びかける。3頭雁行状態になってからが厳しかった。
中盤1000m
12.4 - 12.2 - 12.4 - 11.6 - 11.7 1分0秒3
これは2周目に入る向正面半ばまでの記録。3000m超のレースでは必ずといっていいペースが落ちる場面。13秒台も記録されるような地点で11秒台が連続してしまった。このペースアップは先行勢に辛かった。ドレッドノータスが3角で早々に脱落、タイセイトレイルも脚が上がるなか、キセキは直線で一旦は先頭争いをしたわけだから、その実績・性能を示すことはできた。しかしながら、かつて日経賞で暴走したときのような気難しさが年齢とともに露出してきたような気がしてならない。川田騎手がその気性をうまく逃げやロングスパートなどでカバーしてきたわけだが、あの大出遅れはどうにもならない。今後は自分との戦いになるのだろうか。
ユーキャンスマイルの覚醒
で、後半1000mはというと、
11.9 - 11.9 - 11.8 - 12.0 - 12.5で1分0秒1
中盤から後半の2000mが2分0秒4はかなり厳しくスタミナが問われるタフな競馬。中団後ろインで最小限にロスをとどめたユーキャンスマイルがキセキのインを突いて勝負を決めた。元来備わっていたレース巧者という一面に加え、底力まで身についてきた。昨秋の東京GⅠ2戦4、5着という経験がさらに逞しく成長させただろうか。キセキというそうは下がってこないだろう強い馬の背後を突いた岩田康誠騎手のクレバーさも光った。比較的軽いレースになりがちな天皇賞(春)ではあるが、この阪神大賞典のような厳しい競馬であれば、フィエールマンをも脅かせるのではないだろうか。
2着トーセンカンビーナはキセキほどではないが、スタートで後手を踏んでいた。そこで腹をくくり、後方でじっとしていたことが展開利を生んだ。3着メイショウテンゲンも同様でこの2、3着はキセキの仕掛けによる棚ぼた的なものではあるが、それでも末脚をきっちり繰り出してのものだけに重賞戦線で上位争いするだろう。
5着に突っ込んだメロディーレーン
外枠に入ればもしやと期待したメロディーレーンは+2キロの342キロで出走。この日のパドックでもひと際目立つ小ささだった。レースでは2番枠から終始インでじっと動かない静なる前半で父オルフェーヴルとは似ても似つかぬ穏やかさ。勝負所の2周目4角で外から来た馬たちに進路を塞がれ、下がっていく姿にやはりここでは荷が重いのかと思わせたものの、最後の200mで狭いところを割って伸び掲示板圏内に入った。一旦下がりながらもあきらめずに最後まで全力で走る根性娘、その強さはまさに父オルフェーヴル譲り。
勝負所で100キロ以上大きな猛者たちに進路を奪われる、それを跳ねのけるような強さこそあればとは思う。だが、それではメロディーレーンではなくなってしまうようでファンにとっては歯がゆい思いがする。今度の選択肢がどうなるか分からないが、軽い京都より力がいる阪神がベスト、今回のような少頭数の競馬で早々に賞金を加算したいところだろう。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて「築地と競馬と」でグランプリ受賞。中山競馬場のパドックに出没。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌「優駿」にて記事を執筆。
