マイナーチェンジを繰り返す高松宮記念
秋のスプリンターズSと並んで、春の短距離王決定戦として定着しつつある高松宮記念。しかし、その由緒ある名称に対して、そこまで伝統あるレースとは言い難い。なぜなら、今年で49回を数える歴史は、前身である高松宮杯から引き継いでのものだからだ。
初夏の中京で行われていた中距離GⅡ時代には、ハイセイコー、トウショウボーイ、オグリキャップなどの歴史的名馬も参戦し、勝利を飾っている。
長くファンの間で親しまれてきた名古屋の名物競走。それを廃してまで短距離GⅠへのフルモデルチェンジを図った経緯からは、何としてでも中京競馬場でGⅠを敢行したいという強い意志が感じられる。時期も5月に移動し、GⅠへと格上げされたのは1996年。2年後には慣れ親しんだレースとの混同を避ける意味合いもあってか、名称を高松宮記念へと変更。さらにその2年後には施行時期を3月へと移動した。
中京競馬場の馬場が全面改修された2011年は阪神競馬場で開催され、翌年より現行の条件に収まるまで、このようにマイナーチェンジを繰り返してきた。人気、展開、血統、脚質…。その傾向に年度ごとのバラつきが生じるのは、変遷の過程が影響を与えているのかもしれない。
改修前はローカル特有の馬場だった
もともと、東西メインの競馬場ではなく、3つ目の裏開催、いわゆるローカル開催で行われることとなったGⅠレースである。新設当時、改修前の中京競馬場は平坦が特徴の小回りコース。それは当然のごとくスピード優先、先行、内枠有利の競馬が顕著に見られる条件であった。
しかし開催が進むにつれ、馬場の傷みが目立ち始めると、外を回っての差しが決まりやすくなる特徴もあった。これは、東西4主場に比べて馬場保全技術の進歩が遅いと感じられたローカル開催ではよく見られる傾向であった。それに3月の中京開催は天候不順な季節であり、低い気温も相まって馬場管理をさらに難しいものとさせる。
大きなレース、とりわけ当時の中京で唯一のGⅠ開催となれば、相応な盛り上がりをもくろむ経営的思惑も働くのであろう。それに開幕週の開催ならまだしも、開催最後の週の施行では馬場状態の傷みを予測するのはより困難なものとなる。
そんな中で台頭してくるのは、短距離経験の浅い実力馬たち。キングヘイローやスズカフェニックスらがここでGⅠ初制覇を果たしたことには、そういった背景が影響したことは想像に難くない。
コース改修後の傾向は?
大幅な改修によって生まれ変わった中京競馬場。競馬のスタイルもがらりと一変しただけに、データを分析する過程では2012年以降の結果に重きを置くのが打倒な判断であろう。だが、わずか7年の間で、勝ち時計が2014年コパノリチャードの1分12秒2から、2016年ビッグアーサーの1分6秒7まで開きがあるとなると、その比較は簡単ではない。
特に2016年は前週までの傾向からは想像もつかないような、前日の土曜日の条件クラスからレコード連発の超高速馬場へと変貌した。当時はGⅠ開催へ向けて降雨を考慮した作業を行ったところ、意外にも天候が持ち直したがゆえの現象との憶測も飛び交った。
しかし、視点を変えると、違った推察もできるのではないだろうか。
高松宮記念はここ2年、平均的な時計で決着している。時を同じくして全国各地の競馬場で、ディープインパクト産駒一択から脱却するような、平均的な時計とパワーを要する馬場が登場し始めた。その代わりに、開催が進んでも損傷の目立たない馬場へと変貌していった。ここ数年で飛躍的に向上した馬場保全の技術が実践に移される予兆が、2016年の高松宮記念で示されたのなら興味深い。
変遷を続けた高松宮記念の傾向を知る上で、精査すべきはここ2年のデータ。スピード任せの逃げ切りは容易でなく、直線の坂を意識せざるを得ない現在の中京コースでは、GⅠレベルとしてはそれほど激しい流れともならない。
その上、内外の馬場状態が公平なままでの開催となれば、求められるものはテンのスピードや末脚の爆発力などに特化した才能ではなく、流れに応じて融通を利かすことのできる機動力であろう。そういった意味で、ここにきてよりスプリント色の濃いレースとなったのではないだろうか。
ナリタブライアンの挑戦
高松宮杯が短距離GⅠへと格上げされた前夜。栗東の居酒屋で酒を酌み交わしながら、競馬談義に花を咲かせるベテラン、中堅、若手の競馬記者たち。話題は高松宮杯へと及ぶ。
「そりゃヒシアケボノが強いだろ~」
―ナリタブライアンが勝ちます。
「いやいやフラワーパークの勢いも侮れませんよ」
―ナリタブラ…
「おいっ、そこの若手!さっきからナリブー、ナリブーって独り言がやかましわい!」
―でも学生の頃から、ずっとファンなんです
「知らんがな。千二で来るわけないやろ!」
―でも豊さんが…
「ほう、豊は何て言うてた?」
―『フラワーパークに負けますか?』って…。
「それは二千、二四やったらってことやろ。話は最後までちゃんと聞かんかい!」
無謀だとも言われた三冠馬の短距離GⅠ挑戦が、新装レースを盛り上げたことは事実だ。全てを承知した上で、その挑戦への応援を呼びかけ、盛り上げるためのリップサービスを怠らない武豊騎手が、今でも競馬界の第一人者であることに変わりない。