レース史上最速の前半800m45.7
GⅢ昇格後の8回で朝日杯FSの勝ち馬3頭と、グランアレグリアが通過した出世レース。今年の覇者は、7月の札幌新馬を勝ってここに臨んだアルテヴェローチェだった。早期デビューからここで重賞制覇は完全に出世ライン。無事に進められれば、朝日杯FSをはじめ来春も主役だろう。
開幕初日の東京は雨。良馬場発表の1R、芝マイルの2歳未勝利は1.34.2(前後半800m46.4-47.8)で決着し、後方からビッキーファーストが追い込みを決めた。前半が速かったため、全体時計は東京なら標準的な記録といえよう。
昨年は開幕2日目に同条件が組まれ、同じ1.34.2で決着した。前後半800mは46.6-47.6。勝ったスパークリシャールは翌年3月に中山で2勝目をあげるも、以後、勝ち星から見放されている。
東京といえば、スローの瞬発力勝負が定番だ。前半はひたすら脚を温存しないと、最後の直線で伸びきれない。だが、近年は無理やり抑えて馬とケンカするより、馬のリズムを大事に騎乗するきらいがある。極端なスローは競馬を経験し、理解している古馬のレースではみられるが、2歳戦では多くない。競馬を覚える過程で、抑え込んで教えるよりもリズムをとらせながら、指示を受け入れるよう諭しているようにみえる。馬も人も教育の形はかつてとは違う。
このサウジアラビアRCも、チャンピオンコースの東京芝1600mへの意識から前半は動きが少ないレースだが、今年は違った。
前半600m34.0はダノンプレミアムが今年と同じ1.33.0で当時の2歳レコードを記録した2017年よりも0.3秒速く、重賞昇格後でもっとも速い。マイネルチケットがハナに立つも、シンフォーエバーがそれを奪い、後ろを離し気味に進むなど、3コーナー手前まで攻防があった。
前半800m45.7もダノンプレミアムの年に記録した46.1より速く、こちらも最速だ。開幕週の馬場に雨が加わるというやや評価しにくい状況ながら、45.7は古馬重賞レベルに近い。当然、先行型はいくら馬場がよくても、最後まで伸びない。
2番手から1.33.0を記録したダノンプレミアムほど内容の濃さは感じないものの、後方から進めたとはいえ、アルテヴェローチェとタイセイカレントはこの時計を乗り切ったので、ひとまず合格としよう。
モーリス産駒が得意とする“締まった流れ”
後半800mは12.0-11.7-11.6-12.0の47.3。不良馬場だった2020年を除けばもっとも遅い。先行勢は残り400m11.6で力を出し尽くした。
大外を豪快に伸びたアルテヴェローチェはインパクトを残したが、印象だけで評価していいものか。だが、サリオスが良馬場で記録した1.32.7に肉薄し、ダノンプレミアムに並んだとなると、朝日杯FSでは意識せざるを得ないだろう。
血統的にはクルミナル、ククナ、セレシオンと同じクルソラの一族。2、3歳戦で結果を残し、かつ父モーリスのため、古馬になっても活躍できる成長力も秘める。モーリス産駒が得意とする東京の持続力勝負になったのも、勝利を後押しした。今年の朝日杯FSは京都開催なのが微妙なところだが、そこまで軽いレースにならないGⅠでもある。
2、3歳の仕上げに定評がある須貝尚介厩舎は、これがこのレース3勝目。1年おきに勝っている。出世レースをきっちり仕留めるあたり、その手腕は確か。過去の2頭、ステラヴェローチェとドルチェモアは朝日杯FSで2着、1着。信頼できる。
平坦コースで見直したいマイネルチケット
2着タイセイカレントはスタートでスムーズさを欠き、離れた最後方から外ではなく、内を突いて伸びてきた。展開利はあったにせよ、離れた位置から最後まで伸びたのは評価しよう。経験が浅い2歳馬が一頭になれば、レースを止めてもおかしくない。リズムを大事にしつつ、最後まで集中力を保たせた横山武史騎手はさすがだ。
兄弟はキャリックアリード(通算【4-2-4-1】)、レッドダンルース(現役【2-1-2-4】)と堅実派が並ぶ。ちょっと勝ち味に遅い点はタイセイカレントにも通じ、気がかりではあるが、現時点では合格点。スタートさえ改善すれば、もっとやれる。こちらも父はモーリスなので、いかに持続力勝負だったかがわかる。
3着マイネルチケットは落ち着かない先行争いで一旦引く形になりながら、最後まで粘った。シンフォーエバー、フードマンらの動きに慌てず引いたことが好走要因で、センスを感じる。
母エントリーチケットは1200~1400mで5勝したスピード型。コジーン、タマモクロスの血が支える。渋めの父ダノンバラードはディープインパクトの血を継ぐも、東京向きとはいえない。不得手な競馬場でも、持続力を問う流れなら走るといったところ。言い換えれば、ダノンバラード産駒が得意とする福島や京都といった直線平坦コースなら2勝目は近いということだ。
1番人気アルレッキーノは5着。このレースでは前走未勝利を逃げ切った馬は【0-0-0-3】というデータを展望記事で紹介したが、その通りの結果になった。
前半に速い脚を使う逃げで勝つと、東京の後半勝負でしんどくなる。ルメール騎手が2戦連続で逃げさせたのは、気性面の課題を感じ、リズムを乱さないように考えたから。その課題が今回、控えたことで露呈した。この流れで前半力んでしまうと、最後までもたない。最短ルートには乗れなかったが、血統背景は申し分なく、長い目でみよう。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『アイドルホース列伝 超 1949-2024』(星海社新書)に寄稿。
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