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武豊騎手の競馬界での功績について

2017 1/25 19:28
競馬
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出典http://keiba-times.com/

JRA歴代最多勝記録を持ち、長年に渡り日本競馬界のスーパースターとして君臨し続ける武豊騎手の生い立ちや功績を紹介する。

名騎手の父を持ち、馬術家一家のサラブレッドとして

ターフの魔術師と呼ばれた名騎手の武邦彦騎手を父に持ち、4人兄弟の三男として1969年に京都に生まれた。10歳で乗馬を始めて、中学を卒業した15歳、1984年にJRA競馬学校に入学した。
そして1987年に競馬学校を卒業。生まれてすぐに移り住んでいた栗東の武田作十郎厩舎の所属となり、騎手デビューをした。騎手になりたいと思ったきっかけは、父の影響ではなく小学校3年生のときにみた名馬シンボリルドルフのようなすごい馬に乗りたいと思ったことだ。父は、息子に危険な職業の騎手にはなってほしくなかったようだが、四男の武幸四郎騎手も同じ道に進んだ。

競馬界の頂点の日本ダービーと武豊騎手

武騎手は1987年3月に騎手デビューを果たす。翌週には初勝利をあげ、翌年の1988年にはG1レースの菊花賞を制するなど輝かしい活躍で始まった騎手生活だった。日本競馬界の頂点の競走と位置づけられている日本ダービーにも、この年にはすでに出場している。
しかし、勝利を挙げることはできず、それから9回挑戦したが負け続けて悔しい思いをした。初勝利は1998年にあげることができ、武豊騎手自身「それまでの人生で、最大、最高の瞬間」と表現をしている。それだけ初勝利に苦労した日本ダービーでは今までに5勝し、歴代最多記録となっている。

武豊騎手は日本競馬界の史上記録を多数更新

武豊騎手は、国内だけにとどまらず海外でも騎手として高い評価を得ている。デビューした2年後には、すでに海外でもデビューをしている。1989年にアメリカで初めて海外グレード競走を制覇し、1994年にはフランスで行われたムーラン・ド・ロンシャン賞でJRA所属の騎手としては始めて海外のG1レースで勝利する。
1998年にはフランスのモーリス・ド・ギース賞で、日本調教馬初の海外G1制覇、2001年には、香港で日本産の日本調教馬を海外でG1制覇させた。

武豊騎手の海外での成績について

武豊騎手は、国内だけにとどまらず海外でも騎手として高い評価を得ている。デビューした2年後には、すでに海外でもデビューをしている。1989年に、アメリカで初めて海外グレード競走を制覇し、1994年にはフランスで行われたムーラン・ド・ロンシャン賞でJRA所属の騎手としては始めて海外のG1レースで勝利をする。
1998年には、フランスのモーリス・ド・ギース賞で、日本調教馬初の海外G1制覇、2001年には、香港で、日本産の日本調教馬を海外でG1制覇させた。このように、日本の騎手として海外でも輝かしい成績を残している。

武豊騎手という人となり

デビュー当時は、ターフの魔術師の異名をもつ偉大な父の存在から「武邦彦の息子」、「父親の七光り」と扱われる事が多く、それに武豊騎手は不満を感じてストレスだったという。そんな悔しさを胸に、自分は自分であり、父は父。二世騎手として存在するのではなく、一人の騎手武豊として存在していきたいという気持ちをもって努力をしたからこそ、現在の輝かしい活躍があるのではないだろうか。
また、その悔しさを表情に出さずにポーカーフェイスなのも武豊騎手の特徴だ。余談だが、そんな武豊選手は実はハローキティが好きというかわいらしい一面を持っている。

まとめ

30年にわたり、競馬界に多大なる貢献をしてきた日本を代表する競馬騎手、武豊さん。国内だけでなく海外でも数々の成績を残し、今も尚、現役で活躍を続けている。現在47歳。これからどのような活躍をされていくのか、楽しみだ。

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