兄ファンタジストを思い起こさせる激走
17年から今年8月14日までで小倉芝1200m、かつ決着時計1.08.0未満の種牡馬別成績はロードカナロアが9勝でトップ。立ち回りの巧さとハイペース耐性が必要な高速決着の小倉芝1200mはロードカナロア。そんな血統データをつかんでいれば。というレース後の後悔もあるだろうが、それを知っていながらボンボヤージ以外のロードカナロア産駒を買った人の虚しさはその比ではなかったはずだ。
5頭出走していたロードカナロア産駒のうちもっとも人気が低いボンボヤージ(16番人気)が勝利。単勝万馬券では目も当てらない。自身も昨年この舞台で3勝クラスを突破。その決着時計1.06.9は今回の北九州記念と同タイムと、激走の伏線は用意されていた。見落とした自分が悪い。とはいえ、昨年も52キロを背負い出走しており、7番人気10着で1.08.7。昨年は雨のやや重、勝ったヨカヨカの時計は1.08.2。昇級初戦、かつ馬場も合わなかったか。
今年は前日夜に降雨があったものの、最終的に良馬場。かつ9R耶馬渓特別は北九州記念と同じ1.06.9。馬場の回復は早く、ボンボヤージは昨年3勝クラスを勝ちあがって以来の高速決着の小倉芝1200m出走だった。
そのボンボヤージにはひとつ年上の全兄ファンタジストがいた。デビューから小倉2歳Sを含む3連勝した後、スプリングS2着、セントウルS2着。そのセントウルSを1.06.7で勝ったのは次走スプリンターズSを制すタワーオブロンドン。兄もまた高速決着のスプリント戦で結果を残し、いずれはスプリンターとして大成する可能性は大いにあった。
しかし3歳秋京阪杯で競走中に急性心不全を発症。志半ばで命を散らした。ボンボヤージの北九州記念はそんな兄の生きた道をも思い出させてくれた。妹には兄の分まで幸せになってほしい。ボンボヤージを担当するのは兄と同じ硎屋調教助手。ボンボヤージとはイタリア語で「どうぞよい旅を」。梅田智之厩舎が開業時に馬とスタッフを引き継いだ伊藤雄二元調教師との別れにも聞こえなくもない。今週の2重賞は競馬の持つ不思議な力を感じさせてくれた。
ナムラクレアの収穫
レースは3歳テイエムスパーダ、ナムラクレア、アネゴハダのサマースプリントシリーズ好走馬にCBC賞2着タイセイビジョンと活気あるメンバー構成。ハナを切ったテイエムスパーダはCBC賞とは異なる馬場状態だったからか、前半600m32.8とやや遅めの引きつけるような逃げを選択した。
4コーナーで状態がいい外に持ち出したところで枠順を利用したボンボヤージとタイセイビジョンにインを狙われてしまった。テイエムスパーダの4コーナーでの挙動を読んでいた1、2着馬を称えたい。
それにしてもテイエムスパーダら先行勢は決してオーバーペースにならず、上手く立ち回った。後半600m34.1はCBC賞34.0と変わらず、まとめ方としてはよかった。
連続2着のタイセイビジョンはCBC賞での上がり3F33.5に対し、今回は33.3。わずかな差ではあるが、今回は0.2先着を許した。やはり高速決着のスプリント戦では前半で後続の脚を削るのは重要だろう。スプリント戦は特にわずかな差が結果を左右する。それだけ予想もまた難しい。
難しいという意味では過去10年1勝もしていない1番人気。今年もナムラクレアが3着と勝てなかった。だが、結果に落胆することはない。スプリンターズSを目指す上で、ここは試金石。次週キーンランドC出走だと北海道から栗東に戻し、そこからスプリンターズSへ向けて立ち上げるという調整の難しさがあり、ここはあえての小倉遠征。狙ったローテーションだった。
ナムラクレアは加えてスタートでジャンダルムに寄られ、序盤はフレッチアに前に入られてしまい、いつもの好位追走ではなく、中団待機の形になった。キャリアの浅い3歳だけに自分の形が崩れ、大敗でも仕方なしといった状況ながら、最後は馬群を縫うように伸びて3着。4コーナーから直線半ばまで進路がなかったことも考えれば、これは価値がある。温存した末脚を後半で使えた点は本番に向けて競馬の選択肢が広がったのではないか。スプリンターズSを目指す上では収穫の多い競馬だった。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。共著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ全4作(星海社新書)。
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