1300種類の技も判別する革命
さまざまな分野で活躍する人工知能(AI)がスポーツの世界にも導入され、日本のお家芸である体操も新時代に入った。技の難度や美しさ、安定性などを基準に審判が判定し、得点を競う採点競技。東京五輪は個人総合2連覇中の元エース内村航平(リンガーハット)や白井健三(日体大大学院)の復活が待望視され、谷川翔(順大)ら若手も台頭する中、最近顕著な技の高難度化を背景に、採点で「AIの目」を活用した革命が世界の注目を集めている。
体操は男女合わせて1300種類を超える技がすでに認定されているとされ、将来的には「審判の目」に頼る必要がなくなる可能性も出ている。
2019年10月の世界選手権で初採用
昨年10月、ドイツのシュツットガルトで行われた体操の世界選手権では、国際体操連盟(FIG)が富士通の開発したAIによる「採点支援システム」を初導入し、男子のあん馬とつり輪、男女の跳馬の計4種目で審判の補助に活用された。
競技会場に3Dレーザーセンサーが設置され、選手の演技を立体的に捉えてAIが3次元の画像に変換するシステム。審判席で360度から選手の動きを確認することが可能となり、記録された映像はスロー再生やコマ送りでひねりの回転数や倒立の角度などを数値化することもできる。まだ審判が判断する際の補助に限定されているが、肉眼による「目視」での判定が難しい技などに対して公平性のある採点につなげることが目的だ。
東京五輪でも採用される見込みで、2024年パリ五輪では全種目の支援が可能になる見通しという。これで体操の採点に限らず、スポーツの歴史につきものの「ミスジャッジ」はなくなるのか―。将来はこのシステムでの自動採点を目指す。
「10点満点」廃止、DスコアとEスコア
体操の得点は、演技の難しさなど構成内容を評価するDスコア(演技価値点、Difficulty score)と、演技の美しさや正確さの出来栄えを評価するEスコア(実施点、Execution Score)を加算して算出している。
1976年モントリオール五輪では「白い妖精」と呼ばれたナディア・コマネチ(ルーマニア)が、史上初めて「10点満点」を出した選手として有名だ。しかし審判の「採点ミス」などで大混乱となった2004年アテネ五輪を受け、体操界は代名詞だった「10点満点」を廃止。時代と共に進化する体操の技術を10点の尺度で測ることが困難となり、2006年から技の難しさを示すDスコアと出来栄えを反映するEスコアを合計する満点を設けない現行方式を導入した。
それでも2012年ロンドン五輪の体操男子団体総合決勝では、内村航平が演技したあん馬の技の難度を示すDスコアの採点を見直す異例の事態が起こり、Eスコアとの合計得点を変更して最終順位が4位から2位に入れ替わったエピソードはまだ記憶に新しい。
日本側が異議を唱え、審判のビデオ判定による再審でひっくり返った形だった。繰り出される高度な技の判定に審判の負担が増す中、東京五輪ではAIの活用でより公正で公平な採点が実現していく可能性が高い。
1964年はウルトラC、今や「J難度」まで
体操の技の難度はかつてA~C(ウルトラC)までしかなく、1964年東京五輪では「ウルトラC」と騒がれたが、今や難度はひねりや回転が加わるたびにD、E、Fと段階をどんどん上げ、複雑化してきている。
2016年リオデジャネイロ五輪体操女子4冠のシモーン・バイルス(米国)は昨年の世界選手権で後方抱え込み2回宙返り3回ひねりの「バイルス2」を成功させ、男女通じて史上初の「J難度」に到達。もはやAIでしか判別できないほど驚異的な領域に入っている。
男子は第1回アテネ五輪から実施
体操の男子は床運動、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目で、女子は跳馬、段違い平行棒、平均台、床運動の4種目。個人総合、種目別とチームの総合得点で争う団体総合が行われる。
歴史は古く、五輪では第1回の1896年アテネ大会から男子が実施され、1928年アムステルダム大会から女子も行われている。日本男子は団体総合で1960年ローマ大会から5連覇と体操ニッポンの「黄金時代」を築き、2004年アテネ大会で6度目の復活優勝。2016年リオデジャネイロ大会でも金メダルに輝いた。
2012年ロンドン大会ではオールラウンダーの内村航平が日本勢28年ぶり4人目の個人総合金メダリストとなり、2016年リオ大会も連覇した。団体総合は現行1チーム5人だが、2020年東京大会から4人に減ることが決まっている。
フィギュアやトランポリンもAI活用へ
富士通は今後、AI技術とスポーツを活用し、体操だけでなく、フィギュアスケートや水泳の飛び込み、トランポリンなどでも幅を広げられるか研究を重ねているという。
ロボットがスポーツの採点をする時代が来ると冗談めしかして言われた時代も今や昔。AIの技術革新と公平性の観点で高い精度が近い将来認められれば、主に肉眼だけの「目視」で採点を進めてきた各競技に大きな影響を及ぼしそうだ。