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平成29年 松山英樹が全米オープン2位【平成スポーツハイライト】

2019 1/14 07:00SPAIA編集部
松山英樹,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

史上初めてルーキーイヤーに賞金王

国内で大ブレークした石川遼が米ツアーに挑戦して苦しんでいた頃、代わって日本のゴルフファンの注目を集めたのが石川と同級生の松山英樹だ。平成29年(2017年)には全米オープン2位タイにくい込み、夢の四大メジャー制覇へ期待を抱かせた。

父親の影響で4歳でゴルフを始めた松山は東北福祉大時代の平成22年、アジアアマチュア選手権で日本人として初優勝し、翌年のマスターズ出場権を獲得。翌23年のマスターズで27位に入り、日本人初のローアマチュアに輝いた。

11月には三井住友VISA太平洋マスターズで倉本昌弘、石川遼に続き、史上3人目のアマでの日本ツアー制覇。平成25年4月にプロ転向すると、いきなり2戦目のつるやオープンで上がり4ホール連続バーディーを奪い逆転優勝した。

6月の全米オープンでは10位タイ、7月の全英オープンでは6位タイの好成績を収め、国内では4勝をマーク。史上3人目の2億円プレーヤーとなり、ツアー初のルーキー賞金王となった。

ジャック・ニクラウスも絶賛

平成26年から米国を主戦場とした松山は、6月にメモリアル・トーナメントで初優勝。日本人選手の米ツアー制覇は青木功、丸山茂樹、今田竜二に次いで4人目、22歳は最年少だった。

“帝王” ジャック・ニクラウスは「この先10年、いや15年にわたって世界で活躍するプレーヤーの競技人生の始まりを我々は見ているのだと思う」と若き日本人を絶賛したという。

さらに平成28年2月にはフェニックス・オープンで2勝目。10月には日本オープンを制し、国内メジャー初制覇を果たすと、2週間後にはHSBCチャンピオンズで日本人で初めて世界ゴルフ選手権で優勝した。

松山は181cmの恵まれた体格で、ヘッドスピードが速いため飛距離が出る。加えてアイアンは正確無比、アプローチやパターなど小技も巧みだ。しかも少々のことでは動じない性格で、海外の厳しい環境で戦うゴルファーとしては、欠点を探す方が難しいかも知れない。

平成29年2月にフェニックス・オープンを連覇し、迎えた6月の全米オープン。初日は74を叩いて82位と出遅れたが、2日目、3日目と徐々に順位を上げ、最終日は14位タイからのスタートだった。8バーディ、2ボギーとスコアを伸ばし通算12アンダー。ブライアン・ハーマンと並んで2位に入った。優勝は16アンダーのブルックス・ケプカだった。

トランプ大統領ともラウンド

同年8月のブリヂストン招待で米ツアー5勝目を挙げた。11月には来日したトランプ大統領、安倍首相とともに霞ヶ関カンツリー倶楽部でプレーするなど、今や日本を代表するプロゴルファーとなった。

平成30年は2月に左手のけがで1ヵ月戦線離脱。夏場まで数度の予選落ちがあったが、徐々に調子を取り戻し、シーズン終了後の最終ランキングは世界20位。平成には間に合わなかったが、日本人最初のメジャー初制覇へ松山の挑戦は続く。

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