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日本ゴルフツアーの歴代凄腕選手!優勝者回数ベスト5

2016 8/30 14:51
ゴルフボールとクラブ
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Photo by Tinny Photo/Shutterstock.com

近年若者にも人気のあるゴルフ。
人気のスター選手もいて、ツアー観戦ではゴルフプレイヤー以外のファンも。
そこで忘れてはいけないのは優勝者ランキングに名を残す名手たち。優勝数が多い5人を紹介する。

第5位 倉本昌弘さん 日本ツアー優勝数30勝

広島県出身、1955年生まれで10歳からゴルフを始めたそうだ。
小さな頃は身体が弱く、多くの病院を回ったり入院したりの生活だったが、小学5年生の頃は、友達と遊ぶよりも練習場に暇つぶしで通い、楽しんでゴルフをするようにまでなったとのこと。
アマ時代には全日本ジュニアチャンピオンや日本学生選手権4連覇優勝の偉業を成したが、公式戦出場謹慎処分を1年間受け、初めて挫折を知った。しかし見事にカムバックを果たし、プロにも転向するとデビュー戦から連続して優勝し、センセーションを巻き起こしたと言われるほどに。新人としては日本・世界のゴルフ史にもない賞金ランク2位に。
プレーのテンポが速く、ボールもよく飛ばし、ポパイというあだ名で親しまれていた。

第4位 尾崎直道さん 日本ツアー優勝数勝32勝

徳島県出身、1956年生まれで15歳でゴルフを始めた。
2人の兄に続き、プロの世界に。初優勝はプロになってから8年後と遅咲きだったが、その年3勝をあげて賞金ランク2位までに。その後、兄に及ばず、賞金王を数回逃すも、1991年と1999年2度の賞金王に輝いた。
1993年から米国ツアーに参戦し、シード権を8年間守りつつ、その間も日本でも活躍し、史上5人目になる日本タイトル4冠を達成や、永久シードも獲得するなど、歴代に残る偉業を成し遂げている。
長兄のジャンボと次兄のジェットにちなんで、頭文字Jで始まるニックネームを公募したところ、ジョーという愛称に落ち着いた。

第3位 中嶋常幸さん 日本ツアー優勝数48勝

群馬県出身、1954年生まれで10歳からゴルフを始めた。父の英才教育により1973年最年少記録の18歳で日本アマを優勝。1975年12月にプロ入りをし、翌年には初勝利を果たし、その翌年にも「日本プロ」を戦後最年少(22歳)で制した。
海外でも活躍し、メジャー4つの大会で、すべてトップ10入りしていた唯一の日本人選手だった。また日本タイトルでも史上初の6冠を達成や永久シードも獲得、4度の日本ツアー賞金王に輝くなど、記録を残している。
ゴルフ以外では、途上国の子供たちを支援し国際貢献をしている一面も。
海外ではトミーと呼ばれ、ライバルの青木功さん、尾崎将司さんと並ぶ名選手で3人の頭文字をとり「AON時代」とも言われている。

第2位 青木功さん 日本ツアー優勝数51勝

千葉県出身、1942年生まれで中学生の頃、ゴルフクラブでキャディのアルバイトからゴルフと出会った。
中学卒業後はキャディとして就職。その7年後に合格ラインに2打差でプロテストに合格し、翌年に日本ツアーデビューするも、初優勝はその6年後。
その2年後には5勝し、76年には初の賞金王になった。そこから4年連続賞金王という健闘で、海外でも活躍し始めた。全米オープンでは準優勝の記録があり、PGAツアーでは日本人初の優勝や世界ゴルフ殿堂入りを日本人男子として初めて果たした。
また15年には男子プロとしては3人目の旭日小綬章を受章した。 ニックネームは一時、コンコルド青木と呼ばれることもあったが、定着することはなくアオキと呼ばれていた。

第1位 尾崎将司さん 日本ツアー優勝数94勝

徳島県出身、1947年生まれでゴルフは21歳から始めた。もともとプロ野球選手からの転身で、ゴルフのプロデビューから2年目には「日本プロ」で初優勝からわずか3か月で5勝も。
ここから更なる活躍で、初代賞金王の座に輝いた。その後も賞金王12回、日本ゴルフツアー94勝、メジャー大会20勝と、通算113回の優勝回数は世界ゴルフツアー最多記録という偉業を成し遂げ、世界ゴルフ殿堂入りも果たした。兄弟とともにジャンボ軍団を結成し、若手育成にも熱心に指導している。
ニックネームはジャンボ尾崎で、抜群の飛距離と持ち前のキャラクターが人気で、ゴルフ人気もジャンボ尾崎から広まったと言っても過言ではない。

まとめ

今もシニアなど現役で活躍されている選手もいる。今後のますますのご活躍を楽しみにしている。

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