2007年に現れたスーパールーキー
現代のF1界で頂点に君臨しているのがルイス・ハミルトンである。近年、圧倒的な強さを見せ、2018年には伝説のドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオに並ぶ5度目の世界王者に輝き、今シーズンのポイントランキングでも2位以下を大きく離している。そして今週末はハミルトンの母国グランプリとなるイギリスGPが控えている。
ハミルトンがF1にデビューしたのは2007年。13歳の頃から名門マクラーレンと契約を結び、いきなりトップチームからデビューを果たした。しかもF1史上初の黒人ドライバーだった。チームメイトは当時ディフェンディングチャンピオンだったフェルナンド・アロンソという、ルーキーにとって荷が重い状況の中、F1初年度からいきなり活躍。
アロンソとの確執やスパイゲート(元フェラーリのスタッフがマクラーレンに重要なテクニカルデータを渡していたという問題で、マクラーレンに対しコンストラクターズポイントの剥奪や1億ドルの罰金が課された)といった厳しい状況の中、チャンピオンにわずか1ポイント差の2位でシーズンを終えた。
2008年にはマクラーレンのエースとしてフェラーリのフェリペ・マッサとチャンピオン争いを繰り広げ、最終戦ブラジルGPでは1ポイント差で勝利し、初タイトルを獲得した。しかし、その後は優勝争いを繰り広げるもチャンピオンになることができず、2013年にメルセデスへの移籍を決意。13歳から共に戦ってきたマクラーレンに別れを告げた。
2014年から2.4リッターV8 NAエンジンから1.6リッターV6ターボ・ハイブリッドパワーユニットになるなど、F1は大幅なレギュレーション変更が行われた。このPU(パワーユニット)が導入されてからは、メルセデスがF1の頂点に君臨することとなる。
2014年から2019年の第9戦終了時まで109戦行われたうち、メルセデスは82勝しており、勝率は驚異の75%を誇っている。そのメルセデスで2014年から今日までハミルトンは4度チャンピオンに輝いているが、決して楽な道のりではなかった。特に2014年から2016年まではチームメイトで最大のライバルであったニコ・ロズベルグとし烈な争いを演じた。
チームメイト同士の"骨肉の争い"は両者にとって精神的に厳しいものだったが、ハミルトンは絶対的な自信を持っているドライビングテクニックと、時にはマスコミを使った心理戦を用いて勝利してきた。しかし2014年、2015年とハミルトンに負けたロズベルグはドライバー人生の全てをかけて2016年にハミルトンを破りチャンピオンを獲得。その5日後にF1を引退した。
勝つ環境を作り5度目の王者に
個人的にハミルトンが変わった、そして強くなったと感じたのはロズベルグが引退した2016年以降のことである。
それまでもハミルトンは速く、強かった。しかし、絶対的な存在になったのはこれ以降のように思える。以前のハミルトンはネガティブな思考を持っている印象だった。
その象徴がデビューした2007年のモナコGPである。1ストップから2ストップに作戦が変更され勝機を逸した。実はこれはトラブルを抱えていたハミルトンを確実にゴールさせるための作戦変更だったが、それを知らなかったハミルトンは「所詮僕はNo,2だから」と発言したりしている。
不満に思うのは当然のことだが、ハミルトンが不調の時の共通点は自分自身で悪い流れを作っていたことだ。その多くはネガティブな発言や態度である。攻撃的なドライビングや発言により度々問題視されてきたハミルトンだが、ロズベルグが引退してから変化が見られた。
彼はネガティブな発言は一切しなくなり、常にチームとファンに感謝の気持ちを述べるようになっていった。メカニック、エンジニアたちとは常にコミュニケーションを密に取り、チームを自分のチームへと変化させていった。
発言が成績を左右するのかと疑問に思われるかもしれないが、モータースポーツは他のスポーツと比べて、関わる人数の規模が違う。何百人というチームメンバーの仕事があって、初めてドライバーはマシンを走らせることができるのだ。
1年中ハードワークに追われているチームスタッフに対する労りの発言は、士気を上げ、信頼関係を構築し、良い流れを生み出すのだ。また、ハミルトンが皆と一緒に勝利を目指すことを発言し、行動で示してから、「運」さえもコントロールしているのではないかと思ってしまう。
速いマシン、強いチームに所属し勝ち続けているとドライバーの技量が無視され、環境のおかげと思われることも多い。しかし、モータースポーツはドライバー、マシン、チームワーク、運の4つ全てがそろわないと勝てないのだ。
歴代記録に迫る現役王者とF1を担う若者たち
現在ハミルトンは5度の世界王者に輝いており、歴代トップはミハエル・シューマッハの7回である。今年もランキング2位以下に大きなリードを付けているハミルトンはチャンピオンの最有力候補だ。
勝利数もシューマッハの91勝にあと12に迫っている。近年は年間のレース数が多いことや、ハミルトン本人も記録を意識していると発言していることから、歴代トップになる可能性は非常に高い。
そんな中、次世代を担う若いドライバーも力を付けてきている。それは、レッドブルのマックス・フェルスタッペンにフェラーリのシャルル・ルクレールだ。6月30日のオーストリアGPでは両者すばらしいレースを披露した。
ハミルトンが「絶対的」になったのはロズベルグが引退してからで、もしかしたらライバルの引退で心に余裕ができ、よりいっそう周りに意識を傾けることができたからかもしれない。これから若く強力なライバルたちが満を持してチャンピオン争いをした時、ハミルトンは今のように「余裕」を持って戦えるのか?今後はそこに注目したい。
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