世界一のステップと表現力
フィギュアスケート男子の2010年バンクーバー冬季五輪銅メダリスト、高橋大輔(関大KFSC)が今年から「氷上の社交ダンス」と呼ばれるアイスダンスに転向し、2年後の北京冬季五輪へ「新たな旅立ち」をスタートさせた。
冬季五輪の花形種目としてロシアを中心に欧米の壁はもちろん高いが、高橋特有の「男の色気」や独特の「世界観」を存分に生かせる可能性を秘めた挑戦といえるだろう。ステップと表現力を求められるアイスダンスは五輪でまだ日本選手の入賞さえなく、国内での関心度はまだ薄いが、欧米で人気も高い。
男女一組で音楽に合わせ、ステップ、リフト、スピンなどのスケート技術や互いの動きの芸術性を競うため、世界一と評される情感あふれるステップを武器にするレジェンドの参戦で新風を吹かせるのは間違いない。
自ら座長を務める1月のアイスショーでは新たにコンビを組む2018年平昌五輪アイスダンス日本代表の26歳、村元哉中とともに映画「美女と野獣」のメロディーに乗って、息の合った演技とステップを初披露。2月からは新たな拠点となる米フロリダ州で本格的な練習に入った。
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3月16日で34歳
2月14日、高橋が自身のインスタグラムを更新し、幼少期に氷上で滑るあどけない写真が話題を呼んだ。自身がフィギュアスケートを始めた競技人生の原点の日だと明かし、「本日でスケートを始めて25?! 26年?! たったみたい」と8歳か9歳当時の楽しそうな姿を振り返り、その上で「この時に、今もスケートしてると思ってもいなかったし、フロリダでアイスダンスを始めてるとも思いもしなかったね。ほんと人生何が起こるか分かりません。おもしろいね」と感慨深げにコメントした。
3月16日で34歳になった高橋は米国で初心に帰ってスケートの楽しさを思い返し、競技への情熱とエネルギーを取り戻したようだ。
選手寿命長く年齢的ハンディも軽減
世界を魅了してきた「氷上のアーティスト」はシングル種目に別れを告げた。昨年12月22日、東京渋谷区の国立代々木競技場で行われた全日本選手権の男子フリー。14年前に初の日本一に輝いた思い出の会場で合計204.31点の12位にとどまったが、音楽と体が一体になった華麗なステップは健在だった。
アイスダンスに転向を公表したのは昨年9月。異例ともいえる新たなチャレンジに踏み切った背景にはハイレベルな複数の4回転時代に突入したシングルの壁もあったようだが、ジャンプに制限のあるアイスダンスで最重視されるのが磨き上げたスケート技術の深いエッジワークや豊かな表現力という点も魅力だった。シングルより競技寿命が長く、年齢からくるハンディも軽減される。
シングルのラストダンスとなった全日本選手権でも観客をくぎ付けにする緩急自在の滑りで、唯一無二の存在感は証明済み。ステップは最高難度のレベル4をマークし、表現力を示す演技構成点では音楽の解釈や身のこなし、スケート技術で8点台中盤を並べて85.28点と好スコアをマークし、宇野昌磨(トヨタ自動車)の90.72点、羽生結弦(ANA)の89.72点に次いで全体3位と世界トップクラスでも通用する底力を示している。
指導は名コーチ、相手と同調して滑る難しさも
旧ソ連時代から活躍し、アイスダンスの指導者として一流のマリナ・ズエワ・コーチの下、新天地ではゼロから学んで当面の目標は全日本選手権に置く。
パートナーを務める村元は米国出身のクリス・リードと組んだ平昌五輪で日本勢過去最高の15位に入った国内トップ選手でもある。今後の課題はシングルとは「全く別物」と自覚するコンビネーションの習熟だ。高橋は女性を持ち上げるリフトなどの経験もないが、もともとダンスや舞台にも興味を抱き、音楽的な感性と情感豊かな表現力に定評がある高橋だからこそ、周囲の期待も高まっている。
一方で2人の調和が重視されるアイスダンスは高橋ばかり目立つのでなく、相手と同調して滑る難しさもある。体力を奪われるようなジャンプはないものの、フィギュアの中でも想像以上に持久力を要するといわれている。世界選手権では1952年パリ大会、五輪では1976年インスブルック大会で初採用され、2014年ソチ大会で始まった団体戦の種目でもある。
これまで日本人男子初の五輪メダルや世界選手権初制覇などフィギュア界の歴史を次々と塗り替えてきたパイオニア。再び新境地を切り開き、すべてを2人で一からつくり上げる困難さは覚悟の上だ。東京五輪の聖火リレーで地元岡山のランナーを務める大役も決まっている。スケート人生の新たなステージに向け、フィギュア界の夢が詰まった挑戦となる。
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