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羽生結弦選手の戦績とフィギュア四大陸選手権2017ハイライト

2017 4/20 11:07masumi
フィギュアスケート
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Photo by Iurii Osadchi/Shutterstock.com

フィギュア四大陸選手権2017には、病気休養明けの羽生結弦選手が出場した。 この大会は1年後に開催される平昌オリンピックと同じ会場で行われ、五輪プレ大会としても注目されていた。 ここでは羽生選手の戦績をジュニア時代まで遡り、復帰戦となった今大会のハイライトと共に紹介していく。

スケートとの出会い

羽生結弦選手は、1994年に宮城県仙台市で生まれた。東北高校を卒業した後、2013年に早稲田大学の通信教育課程に進み、同年にANA(全日本空輸)の所属となった。
羽生選手がスケートを始めたのは4歳の時で、姉が通っていたスケート教室について行ったことがきっかけだった。スケートを始めるにあたっては、2歳からの持病だった喘息を克服することも目的となっていた。スケート教室が屋内リンクで行われていたことから、埃を吸い込む可能性の低さも考慮された。
フィギュアスケートを始めた羽生選手は、何度転んでも起き上がり、技にも果敢に挑戦していった。 喘息は克服には至っておらず、現在も治療やケアをしながら、日々の厳しいトレーニングや試合に臨んでいる。

ジュニア時代からの輝かしい戦績

2008年、羽生選手は全日本ジュニア選手権で初優勝を飾る。 2009年にはジュニアグランプリシリーズで史上最年少優勝に輝き、全日本ジュニア選手権を2連覇、世界ジュニア選手権でも優勝を果たす。
2011年、東日本大震災発生。被災した羽生選手は競技続行に疑問を抱いていたが、さまざまな思いを越えて復帰に至り、各地を転々としながら練習を続けた。同年9月にはネーベルホルン杯で国際大会初優勝を果たす。
2012年には全日本選手権で初優勝、2013年にはグランプリ(以下GP)ファイナルで初優勝し、全日本選手権では2連覇を達成した。 ソチオリンピックではショートプログラムで史上初の100点超えを記録し、アジア人初となる金メダルを獲得する。
翌月には世界選手権でも優勝し、GPファイナル・オリンピック・世界選手権の3冠を制覇した。

連覇に次ぐ連覇。相次ぐ記録更新

2014年のGP中国杯、羽生選手は6分間練習で他選手と衝突してリンクに倒れた。誰もが「棄権」の2文字を思い浮かべる中、包帯とテーピング姿の羽生選手はリンクに戻り、最後まで滑りきって銀メダルを獲得したのだ。顎や頭を何針も縫うという大怪我だったが、ファイナルにも出場して2連覇を果たした。
全日本選手権で3連覇達成の後、以前からの不調が「尿膜管遺残症」と診断されて手術を受けている。退院後には足首の捻挫、手術跡の炎症などのトラブルに見舞われるも、世界選手権に出場して銀メダルを獲得。
2015年のNHK杯では、ショート・フリー・トータルの全得点で世界記録を更新。さらに2週間後のGPファイナルではすべての世界記録を更新し、男子史上初となる3連覇を達成した。
続く全日本選手権では4連覇、翌2016年のGPファイナルも制し、史上初の4連覇を成し遂げた。

四大陸選手権。ショートは「ロックスター」

2017年2月、羽生選手はインフルエンザなどによる休養から復帰し、待ち望んでいたファンの前に姿を見せ、リンクに入ると大声援と拍手が降り注いだ。
ショートプログラムはロックナンバーの「Let's Go Crazy」。冒頭からスピードを上げ、勢い良く入った4回転ループをきれいに決めた。
次のジャンプは予定されていた4回転+3回転のコンビネーションとはならず、2回転+3回転になる。流れるように着氷すると笑顔を見せ、柔軟性を生かしたスピンを披露する。
最終ジャンプのトリプルアクセルは高さもあり、余裕も感じさせるなめらかな着氷だった。軽快なリズムに乗って踊り、印象的な決めポーズで観客を沸かせたのだ。
会場には音楽に合わせて手拍子が鳴り響き、観客は「ロックスター羽生結弦」に熱狂した。

巻き返しのフリー。リカバリーは圧巻

ショートプログラムで3位となった羽生選手は、2日後のフリースケーティングで逆転を狙う。 冒頭は静かな曲調の中、2本続く4回転ジャンプを鮮やかに決めた。スピンからステップへとなめらかにつなげ、情感のこもった演技で観客を魅了する。
中盤に差し掛かり、4回転+3回転のコンビネーションが2回転+1回転となるミスが発生したが、羽生選手は動じない。続く4回転を確実に決め、次のジャンプをより難度の高いトリプルアクセル+3回転トウループに変更したのだ。
終盤ではコンビネーションジャンプを4回転+2回転に変更し、4本目の4回転を成功させた。終わり間際にはさらにトリプルアクセルを跳ぶという驚異的なリカバリーで、会場は興奮に沸き返った。
圧巻の演技でフリー首位に立ち、総合では銀メダルを獲得したのだ。

まとめ

今大会での羽生選手には、練習でもやったことのないような構成変更を行い、それをすべて成功させるというドラマがあった。 男子フィギュアの戦いは熾烈を極めているが、次に控える世界選手権、さらには1年後の平昌オリンピックに向け、大きな足掛かりとなる出来事だったのではないだろうか。 名だたる大会で勝利をつかんできた羽生選手には、病気や怪我と闘い、アクシデントを乗り越え続けてきた歴史もある。 演技で魅せ、立ち向かう姿でも勇気と感動を与えてくれる羽生選手を、世界中のファンが応援している。

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