「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

意外に多い! フィギュアのスピンの種類

2016 10/19 19:05
カロリーナ・コストナー
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by Olga Besnard / Shutterstock.com

容姿が端麗でモデルの経験もあるカロリーナ・コストナーを知りたいと思ったことはないだろうか? 生い立ちや実績を彼女の魅力を含めて紹介する。

カロリーナ・コストナーの誕生から幼少期

カロリーナ・コストナー(Carolina Kostner)選手は、1987年2月8日にイタリアのトレンティーノ=アルト・アディジェ州ボルツァーノ自治県のオルティセイで生まれる。フィギュアスケート選手だった母親の影響もあり、カロリーナ・コストナーは4歳からスケートを始める。父親もアイスホッケーの監督だったことから、恵まれた環境の中で練習を重ねていくが、12歳の時ホームリンクが閉鎖となってしまう。その後はオーベルストドルフに練習拠点を置き、スケートに打ち込む日々が続く。

コストナーはイタリアフィギュア界の新星

オーベルストドルフに拠点を移した後、14歳となったコストナーはイタリアのジュニア選手権で優勝し、2001年にドイツにあるスポーツの専門学校に留学する。2002?2003年に行われたシーズンではジュニアグランプリファイナルで2位を獲得。同時期にシニアの大会にも出場し、欧州選手権では4位に入賞する。翌年のシーズンからはシニアの大会をメインに出場し、2005年に行われた世界選手権では難易度の高いジャンプを華麗に決め、銅メダルを獲得した。
イタリアの女子フィギュア(シングル)のメダルとしては27年振りの快挙となった。

低迷したコストナー

世界選手権で華麗なデヴューを飾ったコストナー選手は、2006年に行われたトリノオリンピックで、イタリア選手団の代表として旗手をつとめる。しかし、開催国のフィギュア選手として注目を集めた大会だったが、細かなミスや転倒などが響き結果は9位と低迷する。
同じ年に開かれた世界選手権でも結果は伸ばせず、イタリア選手権もインフルエンザのため棄権した。この年はカロリーナ・コストナーのフィギュア選手時代の中でも、もっとも低迷した時期となった。

オリンピックでは結果が出なかったコストナー

コストナーは低迷した2006年から一変、2007年に開かれた欧州選手権では優勝を飾る。その後の欧州選手権でも優勝と悪くても2位を獲得していく。2008年に行われた世界選手権では2位となり、3年ぶりに世界選手権でのメダリストに復帰した。2010年のバンクーバーオリンピックではショートで7位につけていたが、フリーの演技ではミスが続き下位に沈んだ。
2011年の世界選手権ではミスこそあったが、ほぼ完璧な演技を行い、フリーでは自己ベストをマークし総合で3位に輝いた。

念願だったオリンピックメダルを獲得!

2012年に膝を痛めてしまったコストナーだったが、世界選手権でショートで3位、フリーではほぼ完璧な演技を見せて、イタリア人では初となる初優勝を飾った。そしてロシアで行われたソチ・オリンピックでは団体戦で惜しくも4位だったが、個人では念願だった銅メダルを獲得した。
欧州選手権で8年間連続でメダルを獲得していて今後も活躍が期待されたが、恋人のドーピング問題のイザコザから、4年3カ月の出場停止となってしまう。2016年1月から試合に復帰が可能となり、ファンからは期待の声が上がっている。

まとめ

カロリーナ・コストナーの生い立ちや成績などを紹介した。彼女は容姿が端麗で人気があるだけでなく、5カ国語を話す語学力も魅力のフィギュアスケーターだ。念願だったオリンピックでもメダルを獲得し、今後の動向も注目されている選手だ。

関連記事

おすすめの記事