世界1位目前の「ポスト太田雄貴」
中世の騎士による剣術がルーツのフェンシングで、男子エペのエース見延和靖(ネクサス)の名をご存じだろうか。本場の欧州で最も人気が高く、王道とされる種目で現在世界ランキング2位。各国のトップ選手が「天賦の才」と剣さばきを認め、赤丸急上昇で警戒感を強める選手に成長した。
2008年北京、12年ロンドン両五輪で銀メダルを獲得し、世界一の剣スピードで日本の象徴的な存在となった男子フルーレの太田雄貴が16年リオデジャネイロ五輪で引退。現在は日本フェンシング協会会長として改革を推進する立場にある。
見延は、その類いまれな才能と競技外でも幅広く活躍する人間性で、「ポスト太田雄貴」としての期待も大きい。来年の東京五輪では個人と団体の男子エペ金メダルを目標に掲げ、日本選手として同種目史上初の世界ランク1位も視野に入れる存在だ。
全身を攻撃するエペ、フルーレは胴体部、サーブルは上半身
エペは五輪で実施されるフェンシング3種目の一つ。剣を突いてポイントになる有効面はフルーレの胴体部、サーブルの上半身に対し、足の裏を含めた全身と最も広い。
これまで日本ではフルーレが主流とされてきたが、本場欧州で全身を攻撃できるエペは最も選手層が厚い種目でもある。近年の日本勢はフルーレだけでなく、エペの底上げが進み、日本協会が東京五輪を見据えて重点種目として強化している。
リーチ197センチ、得意技は「足突き」
18日に千葉ポートアリーナで閉幕したアジア選手権は見延にとって体調が万全でなく、個人は2回戦敗退、団体は3位と不本意な結果に終わった。
もちろん悔しさも残ったが、今年最大のターゲットで見据えるのは7月の世界選手権(ブダペスト=ハンガリー)。身長2メートル近い剣士が居並ぶ中、7月15日で32歳になる第一人者は、177センチと比較的小柄ながら両腕を広げたリーチが身長を20センチも上回る驚異の197センチ。この武器を最大限に生かし、相手のつま先を狙う「足突き」や背中突き、一気に間合いを詰めて意表を突く「フレッシュ」といった得意技を繰り出す。自在に感性鋭く戦略を変えられるのが強みだ。
精神鍛錬に包丁研ぎ
ユニークな鍛錬も見逃せない。フェンシングに欠かせない集中力を研ぎ澄ますため、地元の福井県越前市の名産、包丁を研ぐことも取り入れた。目的は「無の境地」になることだ。「継続は力なり」と言葉が入った特注品で己と向き合い、試合を想定して精神面を整えている。「自分も魂を込めて剣を突く」と地元からパワーをもらい、自己研鑽に余念がない。
中学時代はバレーボールに熱中。だが身長が思ったほど伸びず、フェンシング経験がある父の勧めで福井・武生商高で競技を始めてのめり込んだ。イタリアへの単身武者修行などを経て、初出場した16年リオ五輪は男子エペで6位入賞。「人生最大の勝負」と位置付ける東京五輪へ国際大会を転戦し、いかにピークをつくるかが重要になっている。
日本選手としてGP初制覇
最近は「日本初」という枕詞が珍しくなくなってきた。15年のワールドカップ(W杯)初優勝からリオ五輪を経て経験も増し、昨年からは破竹の勢いだ。
18年はW杯2勝、今年は3月にW杯より格上のグランプリ(GP)大会で日本選手として同種目初制覇を成し遂げ、5月にはGP2連勝と絶好調。特に、層が厚いエペで短期間にこれだけ勝つのは異例で、東京五輪の期待感も自然と高まる。
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究極の目標は「歴史に名を残す最強のフェンサー」という。五輪やグランプリ、W杯は「通過点」にすぎない。憧れは戦国武将の織田信長。気迫を前面に出すタイプらしく、鍛え上げた肉体と精神、戦術の巧みさで天下を狙う。
「エペジーーン」普及にも全力
エペ陣という呼び名から派生した「エペジーーン」の愛称で知られる男子エペ団体の日本は、18年のジャカルタ・アジア大会で初優勝。「ジーンと感動させるチーム」という思いを込め「エペジーーン」を合言葉に、先頭に立って会員制交流サイト(SNS)などを活用して普及活動にも全力投球で努める。
好きな言葉は「限界を迎えてからが勝負」。日常生活でも100円ショップでマジックハンドを購入し、剣の感覚を養う努力は欠かさない。
ライトセーバーも
最近のフェンシング界は欧州で若者を取り込もうと新たな取り組みが始まり、発祥国のフランス連盟が人気SF映画「スター・ウォーズ」に登場する武器「ライトセーバー」(光剣)を使った対戦を一つの種目として認可した。映画の娯楽性と中世の騎士道がルーツのスポーツを融合させた新時代の動きとして注目されている。
五輪種目のフルーレ、エペ、サーブルに続き、奇想天外な「第4の種目」創設。発光ダイオード(LED)の剣で映画のように相手を切れるわけではないものの、現代の大人や子どもにはびこる運動不足という「ダークサイド」と格闘する「ジェダイ」の騎士に見立てる向きもある。
こうした世界的な改革が進むフェンシング。今や日本の顔になった見延は国際連盟でアスリート委員も務める立場で、さまざまな選手の意見を発信している。円熟期を迎え、東京五輪で太田を超える日本選手史上初の金メダルをつかめるのか。心身を研ぎ澄まし、どんなパフォーマンスを出してくれるのか今から目が離せない。