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【カーリング】35cmも曲がるブラシはNG!用具規則厳格化 ミラノ・コルティナ冬季五輪前に知りたい競技事情

2025 12/30 20:00SPAIA編集部
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五輪シーズンに向け重要改革を断行

2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪まで、あと1年あまり。銀盤のチェスとも称されるカーリング界において、非常に重要な改革が行われたのをご存知だろうか。それは、選手の技術を超えて勝敗を左右しかねない用具、とりわけブラシヘッド内部の「フォーム(スポンジ素材)」に対する厳格な規制強化だ。

この改革は単なるルールの微修正ではない。過去10年にわたり競技の根幹を揺るがせてきた課題に対する、一つの回答とも言える動きなのだ。五輪シーズンを前に、何が変わり、どう競技が浄化されようとしているのか。紐解いていく。

「ブルームゲート」の亡霊と新たな火種

実は今回の規制強化の発端は10年以上前から続いている。原因となる問題が表出したのは2015年から2016年にかけて発生した「ブルームゲート」事件だ。

当時、特殊な研磨素材やインサートを用いた「フランケンブルーム」と呼ばれるブラシが登場し、スウィーピングだけでミスショットを帳消しにするような事態が起きた。これに対し、世界カーリング連盟(WC)は緊急サミットを開き、ブラシの表面素材(ファブリック)を単一の標準品に統一することで沈静化を図った。

だが、競争の炎は消えていなかった。2024年から2025年にかけ、再び「ブルームゲート2.0」と呼ばれる騒動が持ち上がる。ファブリックが統一されたなら、その下にある「中身」を変えればいい。メーカーや一部チームは、規制の対象外だったフォームの「硬さ」や「構造」に着目したのだ。

柔らかいフォームは圧力を分散させるが、硬いフォームは圧力を一点に集中させる。これを利用すれば、標準のファブリック越しであっても氷に微細な傷(スクラッチ)を刻むことが可能になる。いわゆる「ナイフィング」効果だ。

これにより、ストーンを減速させずに曲げたり、物理法則に反するような「逆曲がり」を引き起こしたりする事例が多発した。本来の軌道から約35cmも人為的に操作できたという報告すらある。

投球の精度よりも、硬いブラシでいかに氷を削るかが勝負を分ける。そんな状況が生まれつつあった。

アスリートたちが上げた「NO」の声

今回の改革が画期的なのは、統括団体による一方的な押し付けではなく、選手たち自身の声から始まった点にある。2025年1月、カナダで開催されたグランドスラムの会場で、世界トップレベルの30チームが連名で「フェアプレー提案書」を提出したのだ。

その文書には、強い危機感が滲んでいた。「現在のフォームは仕様には適合しているが、指向性操作の排除という目的に反している」「道具による勝敗(Pay-to-win)を招いている」。

選手たちは、新たな規制ができるまで問題のフォームの使用を自主的に控えると宣言した。自分たちの首を絞めることになっても、フェアな競争を守りたい。そんなアスリートのプライドが、大きなうねりとなった。

科学的メスが入った新ルール

この声を受け、WCは科学的な検証に乗り出した。ロボット投球機を用いたテストや、トップ選手による実地検証が行われ、ついに2025-2026年シーズンに向けた新規制がまとまった。

最大の変更点は、フォームの承認基準に「779ニュートン圧縮量基準」が導入されたことだ。約79kgの力を加えた際、一定以上潰れない硬いフォームは不適合となる。これまで曖昧だった硬さの基準が、物理的な数値として明確化されたのである。

これにより、市場に出回っていた多くの「競技用(Competitive/Firm)」モデルが姿を消すことになった。具体的には、BalancePlus社の「Firm 2.0」やGoldline社の「Pursuer」などが禁止リスト入りしている。さらに、2025年1月以降に製造されるフォームには製造年の識別マークが義務付けられ、外見が似ている旧規格品が紛れ込むのを防ぐ措置も講じられた。

日本国内への影響と独自の判断

この波は当然、日本国内にも及んでいる。日本カーリング協会(JCA)もWCの決定に追随し、承認を取り消されたフォームは国内大会でも使用不可となる。日本のトップチームも、五輪シーズンを前に用具の再調整を迫られている状況だ。

一方で、興味深い独自の判断もある。WCは主要大会において「試合ごとの新品スリーブ交換」を義務付けたが、JCAは国内大会での適用を当面見送る方針を示した。コスト負担や供給量の問題を考慮した現実的な対応と言えるだろう。もちろん、著しい汚れや傷みがあれば審判長が交換を命じることに変わりはない。

「投球の復権」がもたらすもの

これらの厳格化は来るミラノ・コルティナ五輪に何をもたらすのか。答えはシンプルだ。「投球の復権」である。

魔法のようにストーンを操る硬質ブラシが排除されたことで、スウィーピングは本来の役割――投球されたストーンの滑りを助け、微調整する役割――に回帰する。ごまかしが利かなくなる分、デリバリーの正確性、つまりウェイトとラインの精度がこれまで以上に勝敗を分ける要素になるはずだ。

「ブルームゲート2.0」の嵐を経て、カーリング界はよりクリーンなリンクを取り戻そうとしている。2026年の大舞台では、道具の性能ではなく、研ぎ澄まされた技術とチームワークの真剣勝負が見られるに違いない。観戦する側も、選手の指先から放たれる一投の重みを、より深く味わえるようになるはずだ。