2カ月で15kg落とした比嘉大吾
近年、フィットネス市場の拡大により、健康やダイエット目的でフィットネスクラブに通う人が増えてきた。日頃ダイエットに真摯に向き合っていると、ボクサーの減量について、なぜあれほどまでに急激に、さらには数グラム単位で体重を調整することができるのか疑問に思った人はいないだろうか。
1960年代に日本で初めてフライ級とバンタム級の世界2階級制覇を成し遂げたファイティング原田は過酷な減量を強いられ、勝手に水を飲まないようにジムの水道の元栓が閉められたという逸話が残る。最近でも元WBC世界フライ級チャンピオンの比嘉大吾は、試合前の1ヶ月半~2か月の間に約15㎏の減量を行い試合に臨んでいた。
彼らを含め、多くのボクサーは減量時に脱水法と呼ばれる減量方法を行う。脱水法とは、運動やサウナ、絶飲などで身体の水分を脱水させ体重を落とす方法である。この減量法は短期間で体重を急速に落とすことができるため、多くのボクサーによって取り入れられてきた。
脱水法が身体にもたらす危険性
しかしながら、脱水法による減量は身体を多くの危険にさらすことになる。脱水法での減量は、健康面やスポーツパフォ―マンスに多くのデメリットを与えてしまう。
近年のスポーツ科学の発達により、脱水減量によるスポーツパフォーマンス・健康に対するデメリットとして以下のようなデータが報告されている。
健康面はおろか体内のわずか2%の水分量を失うだけでスポーツパフォ―マンスの低下がはじまり、その後も水分量が低下するに比例してパフォーマンスは低下する。ボクサーとしては致命的なデータであろう。
人の体は成人で約60%が水分でできている。例えば、体重60㎏の人であれば36㎏は水分という計算になり、1.2㎏以上の脱水はスポーツパフォーマンスの低下につながる。
脱水法では一時的にしか痩せることができない
また、脱水法のよる減量は一時的な体重減に過ぎず、脱水後に水分を摂取すると体重は元通りに戻ってしまうため、一般のダイエットには向かない。さらに、計量のため脱水法により一時的に体重を落としても、脱水の幅が大きいと計量から試合までの間に体力の回復が間に合わない可能性も高い。
2018年5月に行われたWBA世界バンタム級タイトルマッチで井上尚弥と対戦したジェイミー・マクドネルは、脱水法による減量が間に合わず計量時間に遅れ、意識がもうろうとする中でギリギリ計量をパスした。
試合当日、マクドネルは体重を12㎏戻してリングに上がったが、体力が戻らず足元がおぼつかない状態で、わずか1R112秒でベルトを失うことになった。
計量後、約1日の回復時間が設けられるプロボクシングの場合であっても、脱水量は多くても体重の5%以内に抑えるべきである。それ以上の脱水は回復が間に合わず、スポーツパフォーマンスに多大な影響を与える。
無理な減量しないメイウェザーやパッキャオ
近年では、フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオのように、脱水法による無理な減量をしない選手も増えてきた。日頃から食事摂取に気をつけ体脂肪を極限に減らし、試合前にわずかな体重の調整を行うだけで、十分に世界トップレベルで戦えることを証明している。
脱水による無理な減量は、健康面を脅かすばかりか試合でのパフォーマンスに影響を及ぼし、勝敗を左右する。
ボクサーに限らず、フィットネスブームの現代でダイエットを試みる人は、カロリー計算を行い、体脂肪を減らすダイエット法を取り入れることが望ましい。様々な情報が行き交う社会で、ダイエットに関する知識を吟味し、健康的に痩せていきたい。
《ライタープロフィール》
近藤広貴
高校時代にボクシングを始め、全国高校総体3位、東農大時代に全日本選手権3位などの成績を残す。競技引退後は早稲田大学大学院にてスポーツ科学を学ぶ。現在は母校の教員としてボクシング部の指導やスポーツに関する研究を行う傍ら、執筆活動を行っている。
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