ケビン・ガーネット選手の生い立ち
ケビン・ガーネット選手は、1976年にアメリカ・サウスカロライナ州に生まれた。
幼少期の生活は、経済的に恵まれたものではなかったが、ケビン・ガーネット選手は夜になると自分の部屋の窓から外に出て、近くのプレイグラウンドに通いバスケットボールをプレイしていた。憧れの選手は、少年期から継続してマジック・ジョンソン選手だ。
両親は、バスケットボールよりも学業を優先する生活を過ごして欲しかったため、ケビン・ガーネット選手は高校に進学するまで、正式なチームでプレイすることはなかった。
ケビン・ガーネット選手の学生時代
ガーネット選手が本格的なバスケットボールのチームプレーを経験したのは、地元マーディン高校に入学してから。試合では、好成績を収めオールランダーとしての才能を伸ばしていった。後になっても使い続けることになる背番号21は、この時から使用されている。
学業よりもバスケットボールを優先した生活を送っており、NBA入りをすでに意識していたガーネット選手は家庭教師をつけるなどの提案を拒否したと言われている。
その後、地元から都市部のファラガット高校に入り、その実力を発揮し、メディアへの露出も増えていった。
NBAにおける経歴
ケビン・ガーネット選手は高校卒業後、1995年にNBAのドラフトに自らエントリーし、ミネソタ・ティンバーウルブズに入団した。その後、2007年のシーズンまで同チームに在籍し、リバウンド王や年間最多得点などを獲得した。その後、ボストン・セルティックスや、ブルックリン・ネッツを渡り歩いた。
2015年には、12年間在籍していた古巣のミネソタ・ティンバーウルブズに復帰したことが大きな話題になった。2016年9月に引退を表明している。
ケビン・ガーネット選手の残した功績
ケビン・ガーネット選手は、キャリアの中で15回のNBAオールスターゲーム出場者に選ばれるなど、人気と実力を兼ね備えた選手であると言える。また、1995年?2007年のミネソタにいた時代には、チャンピオンリング獲得機会に恵まれなかったが、2008年にその栄冠を手にしている。
キャリアを通じて4度のリバウンド王獲得や、2004年には年間最多得点、また2008年には最優秀守備選手賞に輝くなど、ディフェンスとオフェンスともに、優秀な成績を残している。
ラストシーズンとなった2015年に古巣に復帰
ミネソタ・ティンバーウルブズに入団して以後、エースとして多大な功績を残したケビン・ガーネット選手。ミネソタのファンは、その復帰を待ち望んでいた。それだけ、ファンに愛されていたということだ。
ティンバー・ウルブズを移籍した2007年から8年振りとなった復帰戦には多くのファンが、ケビン・ガーネット選手の懐かしい姿に熱狂した。また、そんなファンのことをケビン・ガーネット選手自身愛しているようで、ミネソタのファン1000人を無料で試合に招待した、ということもあったようだ。
まとめ
ケビン・ガーネット選手の生い立ちや、功績を紹介した。長身で手足の長さを活かしたプレイが特徴的だった。また、スタープレイヤーであるにも関わらず、謙虚な姿勢を貫き、個人技だけでなく、チームメイトを活かしたプレイもできる魅力的な選手だった。