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NBAシカゴ・ブルズの名選手!スコッティ・ピッペン選手の功績まとめ

2017 1/10 23:42
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Photo by Tinseltown/Shutterstock

1990年代のシカゴ・ブルズにおいて、6度のチャンピオンリング獲得という偉業に多大な貢献を果たしたスコッティ・ピッペン選手。玄人向けのそのプレースタイルは、「史上最高のオールラウンダー」と評されるほどだ。スコッティ・ピッペン選手の生い立ちや功績をまとめる。

スコッティ・ピッペン選手の生い立ち

NBAにおいて数々の功績を残したスコッティ・ピッペン選手だが、その生い立ちは決して恵まれたものではなかった。彼は、アメリカの田舎町で12人兄弟の末っ子として生まれたが、幼少期は貧しい家庭環境だったという。
高校に進学する前に父親が病に倒れたこともあり、ピッペン選手はまともな食事を摂ることなく、学生時代はアルバイトに励んでいたようだ。そのために痩せ細り、バスケットボールをしていてもなかなかレギュラーになることはできなかった。

大学からNBA選手になるまで

そんなスコッティ・ピッペン選手だが、大学ではバスケットボール選手として奨学金を得るまでに成長した。そのころには体重も増え、得点力やリバウンドに優れた選手として頭角を現していたが、プロのスカウトに注目されるということはなく、ピッペン選手自身は、体育教師になって実家にお金を送ろうと考えていたようだ。しかしながら、その才能がシカゴ・ブルズの当時のジェネラルマネージャーの目に止まり、1987年にNBA選手としてのキャリアをスタートさせることになった。

スコッティ・ピッペン選手のNBAにおける功績

スコッティ・ピッペン選手の功績は輝かしいものだ。マイケル・ジョーダン選手と共にシカゴ・ブルズを6回もの優勝に導いたことは有名だが、他にも計7回オールターゲームに出場し、1994年にはMVPに選ばれている。
また、1992年バルセロナ、1996年アトランタの両オリンピックでは男子バスケットボールでアメリカの金メダル獲得に貢献した。
彼が現役時代に着ていたユニフォームの33番は、シカゴ・ブルズの永久欠番とされ、歴史にその名前を刻んでいる。

スコッティ・ピッペン選手の才能を認めた選手たち

スコッティ・ピッペン選手を語る上で、チームメイトだったマイケル・ジョーダン選手の存在を欠かすことはできない。
ジョーダン選手は、ピッペン選手を見て、自分と同じぐらい才能のある選手だと認めたという。ピッペン選手は、そんなジョーダン選手と毎日のように練習を重ねることで、そのディフェンス能力を更に向上させた。
また、デニス・ロッドマン選手も、当初からピッペン選手の才能を認めており、最高のフォワードの一人になるだろう、と予言していた。

スコッティ・ピッペン選手引退後の動向

スコッティ・ピッペン選手が、NBAを引退したのが2004年だ。当時39歳という年齢で、怪我もあり選手を退いた。しかし、その後2008年には、現役に復帰しており、フィンランドや、スウェーデンのリーグで数試合に出場している。
しかし、本格的な復帰には至らず、その後はNBAの観客席にいる姿が目撃されるなどしている。今後、コーチとしてNBAに関わっていく可能性はあるかもしれないが、現在の詳細な動向はわかっていない。

まとめ

スコッティ・ピッペン選手を紹介した。シカゴ・ブルズの黄金期を支えた名選手として今なお語り継がれるピッペン選手。さすがに今後、現役復帰するということはないと思うが、コーチなどで活躍して欲しい。

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