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巨人の史上最強打線が最多得点!平成セ・リーグ1試合あたりの得点数ランキング

2019 4/4 11:00青木スラッガー
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平成のセ・リーグで最も得点力があったチームは

平成30年間の最強打線は、どのチームだったのだろう。プロ野球は時期によって打者有利・投手有利の傾向があり、数字を眺めるだけでは決めつけられない部分もある。 今回は、シンプルに最も多く得点を挙げたチームを探してみたい。試合数は変動があるため、1試合あたりの得点数で上位チームを振り返る。今回はセ・リーグ編。

5位:2017年広島 1試合あたり5.147得点

5位は、2016年からの3連覇のうち唯一日本シリーズ進出を逃した2017年の広島だ。

チーム打率.273、本塁打152本、盗塁112個を歴代の強力打線と比べても、特に突出した数字ではない。また打者にしても、三冠のタイトルホルダーはおらず、30本塁打、100打点到達者はゼロだった。しかし、得点力はこの年が最も高かった。

2017年広島打線成績,ⒸSPAIA

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平均以上の好打者が1番から8番まで切れ目なく並び、相手投手に息をつかせないのが広島打線の特徴。田中広輔、菊池涼介、丸佳浩、鈴木誠也が不動の1番から4番。5番以降も松山竜平、會澤翼、新井貴浩、バティスタら下位打線まで一発の怖さがある。

リーグMVPの中堅手・丸はもちろん、捕手(會澤)、二塁手(菊池)、遊撃手(田中)と守備が重視されるポジションに好打者が揃っているのも編成上の強みになった。

4位:1996年広島 1試合あたり5.154得点

4位も広島で、セ・リーグで「メークドラマ」が生まれた1996年シーズン。首位との最大11.5ゲーム差を大逆転した巨人がリーグ制覇。その逆転を許したのがこのときの広島だった。

1996年広島打線成績,ⒸSPAIA

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チーム打率.281は、平成のセ・リーグで5位。1番から8番まで好打者が並び、かつ足を使える点は現在のチームと同様。当時はピート・ローズなどを擁した1970年代のシンシナティ・レッズになぞらえて、「ビッグレッドマシン」と呼ばれていた。

緒方孝市がトップバッターで23本塁打、50盗塁をマーク。32本塁打の江藤智を中心に、金本知憲、前田智徳、野村謙二郎、ロペスと、打率も長打も残せる豪華な顔ぶれが並んだ。打率.300、27本塁打の金本が7番を中心に打ち、8番捕手の西山秀二もキャリアハイの打率.314を残している。

3位:2003年阪神 1試合あたり5.200得点

3位は18年ぶりにリーグ優勝を飾った2003年の阪神。チーム本塁打141本は決して多くないが、平成のセ・リーグで3位のチーム打率.287。強打者が並んでいることに加え、打順に応じた役割を選手がしっかり果たす打線だった。

2003年阪神打線成績,ⒸSPAIA

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1番・今岡誠が打率.340で首位打者を獲得し、2番・赤星憲広が打率.312、61盗塁で盗塁王。3番は広島からFA加入した金本知憲が打率.289、19本塁打、77打点の好成績を残し、当時の阪神に欠けていたチームバッティングをもたらした。4番は桧山進次郎が勝負強い打撃を見せ、5番・アリアスが38本塁打。下位打線も捕手の矢野燿大が打率.328と14本塁打、遊撃手の藤本敦士が打率.301をマークしている。

2位:1999年横浜 1試合あたり5.267得点

2位は、38年ぶりのリーグ優勝と日本一を達成した1998年、ではなくその一年後、1999年の横浜ベイスターズ。チーム本塁打は、2018年のDeNAよりも41本少ない140本。一発の怖さはそれほどないが、連打で畳みかけて大量得点を奪うことから「マシンガン打線」と呼ばれた。この時のチーム打率.294は、現在でもセ・リーグ記録である。

1999年横浜打線成績,ⒸSPAIA

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打線の中心は4番のR・ローズ。37本塁打、歴代2位の153打点、右打者として当時史上最高の打率.369と、圧倒的な成績を残した。3番の鈴木尚典も打率.328、17本塁打、92打点と強力で、石井琢朗、波留敏夫の1・2番には計60盗塁を記録する機動力もあった。5番以降にも駒田徳広、佐伯貴弘と中距離打者が並び、下位打線の進藤達哉、谷繁元信はともに2桁本塁打を達成している。

1位:巨人の「史上最強打線」 1試合あたり5.348点

平成のセ・リーグでトップの得点力を誇ったのは2004年の巨人。このシーズン、プロ野球記録である259本塁打を放ち「史上最強打線」と呼ばれた。

2004年巨人打線成績,ⒸSPAIA

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仁志敏久、清水崇行、高橋由伸、二岡智宏、阿部慎之助らの生え抜きプレーヤーに加え、この年からT・ローズ、小久保裕紀が加入。ペタジーニや清原和博、江藤智もいた。他球団の4番打者が集結したことを考えれば、259本も驚くような数字ではないのかもしれない。

ローズと小久保が40本以上、高橋由伸と阿部が30本以上の本塁打。1番から仁志が28本の本塁打を放ち、33本塁打の阿部は下位打線に回る。実に20本以上の本塁打を6人が記録しており、これこそまさに「どこからでも一発が出る」打線といえる。

チーム盗塁25個は平成の両リーグでワースト、チーム三塁打6本はワースト2位記録と、機動力皆無の超重量打線であった。