チームのことを考えるとワクワクする
金島弘樹（以下、金島）：お忙しい中、お越しいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします。
矢野燿大（以下、矢野）：こちらこそよろしくお願いします。
市川いずみ（以下、市川）：では早速ですが、監督就任してから初めての春季キャンプを迎え、心境の変化はありますか？
矢野：初めは戸惑いとかいろんな葛藤があったけど、決断してから忙しかったからあっという間に過ぎました。今は始まるぞ！みたいな、野球モードになっています。
市川：どんな時にそれを感じますか？
矢野：初めてのことも多くて、目の前のことをやるだけで時間が過ぎていきましたが、年明けからチームをどうしていくべきか、具体的に考えることが増えました。考えるのは楽しいです。無理にそう思ってる訳でなく、本当にワクワクしてますよ。
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市川：監督要請を受けた時は不安や怖さがあるとおっしゃっていましたが、今はワクワクが大きいですか？
矢野：そうですね。ただ、怖さは絶対に来ると思うし、うまくいくばかりじゃない。覚悟しているつもりやけど経験しないと分からないから。今は阪神ファンと一緒で、あの投手が10勝して、この投手が10勝して、全部で何勝すんねん！みたいなのあるやん（笑）。
市川：１月に絶対するやつですね。
矢野：そうそう、外国人も連れてきて凄いことになるんちゃうみたいな。
市川：解説者の頃も順位予想をされていましたが、その頃とは違いますか？
矢野：ほんまに動かすのとは違いますよ。そこに責任があるからワクワクだけではいられない。解説もちゃんと考えてるけど、勝ち負けが実際にあるんで。逆にそれが面白みでもあります。チームをどういう方向にもっていくか考えるのは楽しいし、やりがいだと思ってますね。
眠れなかった北京オリンピック韓国戦前夜
金島：私は小学校から高校まで野球をしてましたが大学ではできず、夢を諦めてサラリーマンになった後、経営者になりました。ITの様々なカンファレンスでいろいろな話をする機会があったり、従業員を抱えるプレッシャーもあるのですが、阪神ならシーズン中、毎日5万人に観られています。さらにメディアを通じて何百万人に観られてる中で、精神状態はしんどいのではないでしょうか。そこでレギュラーを勝ち取った人、長く結果を出し続けた人、監督になった人はさらに重圧が違うと思うのですが、監督自身どのようにプレッシャーと向き合ってきたのですか。
矢野：正直、現役時代はしんどかったです。偉そうに楽しくやると言ってますけど、自分は全然楽しめませんでした。一番怖かったのが北京オリンピックの韓国戦。勝てばメダルが確定するけど、負けたらメダルを獲れないという状況で先発を言われた日の晩は怖すぎて全然寝れませんでした。
結果は李承燁（イ・スンヨプ）に決勝ホームランを打たれて負けました。李承燁はインローは打つけど、インハイは打てない弱点があったんですが、外のスライダーをファウルで粘られて、最後はインコース低めに構えてしまい、見事に打たれたんです。岩瀬とのコミュニケーション不足というか、自分のチームの投手なら高めに構えたと思うのですが、なんで構えられなかったのか。マウンドに行って岩瀬と打ち合わせをしてもよかったのに、大事なところでできなかった。その時の経験は野球人生でプラスになりました。
野球ファンに怒られるかも知れませんけど、メダルを獲れなくて自分自身も心が折れて、2008年のシーズンは優勝争いをしてたのに、モチベーションを奮い立たせるのが大変でした。でも、その時点では大変だったけど、そんな大したことじゃないと思えたらしんどくなくなった。プレッシャーを感じた時の方が楽しんだりできます。
長嶋さんは天覧試合の前日に自分で「明日、長嶋サヨナラホームラン」と書いたそうです。「予祝（よしゅく）」って言うんですけど、ポジティブに捉えて後ろ向きなことがないんです。端から見たら大変だけど、そうやって自分自身がものの見方を変えることで捉え方が変わるんです。金島さんもいろんな人をご存知でしょうけど、上に立つ人は自己破産とか、すごい失敗をしてそこから這い上がってる人が多い。北京のことなんて小さいことなのに、僕自身がそういう風に捉えていました。
金島：緊張した状態になると、体が硬直したり、意識が朦朧としたり、判断力が鈍ったりします。そういう状態で日本を背負ったり、阪神タイガースという歴史ある球団を率いることになられた。プレッシャーがあると思いますが、慣れてくるものなんですか？
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矢野：１年後に答えていいですか？（笑）やってみないと分からないんで。偉そうに言ってるけど、心が折れてるかも知れない（笑）。
金島：選手時代から常に見られてることには変わりないと思いますが、初めて出た試合はどうだったんですか？
矢野：足が震えました。何もできずに三振して帰ってきましたね。キャッチャーフライを落としたり。
最初からうまくいくことはないし、失敗しないとうまくならない。僕の采配が悪くて負けたとしても終わったことは変えられない。変えられる、これからのことを考えようと。
金島：時々、ファンの声に押されて力が出たと聞くことがありますが、緊張感がある中でファンの声が力に変わる瞬間とはどういう感覚なんでしょうか？
矢野：無になってます。結果的に後押しされているというか。お客さんが入ってない中でいいプレーは生まれません。お客さんがいなければ執念でボールを捕りにいかないかも知れない。僕なんか、甲子園で打撃練習してもあんまりホームラン入らないんですよ。不思議なもんで、試合の方が飛ぶんです。
あと、開き直ってるのもあります。どっちか迷ったときは「やるしかない」と自分をプッシュしてプレーしたり。
捕手がサインを迷って出すと、投手を迷わせます。自信がなくても、これや！と出せば投手も不安に思わないんです。監督になって僕が揺れてたらチームも揺れるんで、自信なくても演技力で自信あるふりをしてやっていきたいです。
監督要請を受けた夜も眠れなかった
市川：矢野監督にはどういう状況で要請があったんですか？
矢野：新聞報道が先でした。（フェニックス・リーグ中だったため）揚塩球団社長が宮崎の僕のところに来て初めて正式な要請を受けました。
それまでは新聞に出てるけど「ほんまか？」というのと、来た時にやるべきかどうか考えてましたね。実際に要請を受けても心の底から喜ぶことは一切なかったです。どうすんねん、俺と。断った場合、別の監督を探さなあかんし、阪神に愛情があるし、早めに決断しないといけない。フェニックスの試合もあったけど寝れませんでした。
市川：眠れないことは他にもありましたか？
矢野：勝ったら興奮して眠れないんです。一番覚えてるのは2002年に開幕7連勝した時。それまでチームが弱かったけど、星野監督が来て7連勝して、自分もいい仕事をできてたし、今年はいけるんちゃうかと。全然寝られへんから床とかソファで横になったけど、興奮してるから疲れなかったですね。
市川：監督を受けるか迷った時に、どなたの顔が浮かびましたか？
矢野：金本監督ですね。
市川：矢野監督が受けて、金本監督がどう思うかとか？
矢野：それだけじゃないですよ。普段「かねもっちゃん」と呼んでるけど、金本監督に（監督とコーチとして）一緒にやろうと言われて阪神に戻ってきた。去年は僕がヘッドコーチをやって、片岡（前ヘッドコーチ）が2軍監督という話もあった。その二人が辞めるのに、僕がやってええんかと。僕にも責任があるのに都合よすぎるというか、気持ちよく「やります」とは思えませんでした。
だから、（マスコミの取材に対して）次の日に家族に相談しに行きますと言ったけど、本当は金本監督に会いに行ったんです。そうしないと決断できないと思ったから。マスコミについて来られるかなと思いながら、会って話をしました。金本監督から「やってくれ」と言われたし、僕も思いを伝えられたので、最終決断できましたね。
家族には相談というより報告。嫁さんにやめてと言われても、そういう訳にいかんこともあるし。金本監督に話して、やるという決断をしました。
市川：2軍監督時代に選手に言ってきたことを自分がしないといけないとおっしゃっていました。
矢野：これまで選手に積極的にやれよ、失敗を怖がるなよ、失敗から学んでくれよと言っている僕が監督をやらなかったら、逃げてるようで嫌でした。要請を受けた時は迷いの方が大きかったけど、金本監督に会ったのと、選手に言ってきたのに説得力ないなというのもあって、やる方向に変わりました。2軍監督として選手にメッセージを伝えてきたのを振り返ると、逃げる訳にいかないと。
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〜 阪神・矢野監督×SPAIA②「勝っても負けてもファンに感謝を伝えたい」に続く
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