島内颯太郎 vs伊藤裕季也
「あの一球で、チームが敗退することになったので自分の責任ですね。チームメイトに申し訳ない気持ちでいっぱいです」
その言葉どおり明暗がくっきりと分かれた一球だった。
2018年11月10日、明治神宮大会2回戦。
立正大学対九州共立大学の一戦は、今秋のドラフト会議で広島東洋カープに2位指名を受けた九州共立大・島内颯太郎と横浜DeNAに2位指名された立正大・伊藤裕季也の対戦が見られるとあって、マスコミだけでなく、野球ファンからも多くの関心を集めていた。
その両者の対決は、試合開始早々の1回裏2死2塁という場面で実現する。
初球の変化球を外した島内は、続く140キロ台後半の2球で、あっさりと伊藤のことを追い込んだ。しかし、そこから伊藤もファールで粘って3ボール2ストライクまでカウントを整える。
さらにファールで粘った9球目、インサイド高めに入って来た変化球を伊藤は虚を突かれたように見逃がしたが球審の判定はボール。その瞬間、スタンドから一気にため息が漏れた。
試合はその後、互いに譲らぬまま6回まで0行進が続いた。
島内が自慢の速球を武器に相手打線をヒット2本に封じこむと、立正大の先発・糸川亮太も、相手打線に的を絞らせない投球を見せ、あと一本を許さない。息詰まる投手戦となった。
悔いが残る一球
試合が動いたのは7回裏だった。
この回先頭の3番・小郷裕哉が四球を選ぶと、次打者・伊藤の3球目に二盗を成功させ、立正大はチャンスを広げる。
さらにこのとき捕手・城間大介の悪送球が重なって1死3塁になると、九州共立大の上原忠監督はたまらずベンチを飛び出して、マウンドの島内に間を置かせた。
一方で、内野が前進守備を敷くのを見て伊藤はヒットゾーンが広がったように感じたという。
そんな両者の心理的要素も重なった直後の4球目。
低めの変化球を伊藤が掬い上げると、打球は左翼席スタンド中段で大きく弾んだ。まさに主砲の一振り。
打たれた島内はマウンドでしばし呆然とした。
「(伊藤を)意識しないようにとは思っていたんですけど、やっぱり嫌でも意識していた部分があって…」
4回裏に訪れたこの日2度目の対決では、ストレートがわずかにシュート回転して、きれいに左前に持って行かれた。その残像が島内の脳裏にくっきり焼き付いていたというのだ。
さらに第1打席でもストレートで早々に追い込みながら、そこで仕留めきれなかった。そんな嫌らしさも脳裏を掠めただろう。
「監督からも『インコースの真っ直ぐを詰まらせるように』と言われていたんですけど、そこで自分が逃げに入ったと言いますか。フォークを選んで打たれてしまって…。本当に悔いが残る一球です」
試合後の島内は記者の質問に対し言葉を振り絞るのでいっぱいという様子で、その落胆ぶりがひしひしと伝わって来た。
バッテリーのプランは一度、フォークをボールゾーンに外してから、監督のいうインサイドの真っ直ぐで詰まらせるというものだった。
しかし、終盤の7回でスコアは0対0、外野フライもワイルドピッチも許されないという1死3塁の場面でフォークを低めのボールゾーンに投げるには相当な勇気と、捕手への信頼、そして投手自身の技術がなければ到底出来ない。難しい選択だった。
前打者の小郷を四球に出したことも少なからず影響を与えた。
試合後、ひとりの記者から「失投か?」という質問が飛ぶと島内も「真ん中のホームランボールですね。あまり落ちていない。棒球みたいになってしまった」と振り返ったが、映像を見ると、そこまで甘い球でもなかったように思える。
「九州ではあまりああいう形で打たれたことがなかったので…。そこは東都大学野球のレベルの高さを痛感しましたね」島内はこの1球についてそのようにも振り返った。
これは打った伊藤の技術の高さを褒め称えるしかないし、けっして島内のせいではないだろう。そういう一打だった。
そして彼の大学野球もこの試合で終わりを告げた。
指名は監督の指導のおかげ
高校は地元の光陵高を選んだ。高校生活最後の夏は3回戦の古賀竟成館高に7回コールド負け。当時は全国的にもまだまだ無名で、4年後、プロに行くなんて想像もつかなかったと島内は振り返る。
「それでも大学で野球を続けたかった」と、九州共立大学のセレクションを受験。スピンのかかった球筋が上原監督の目に留まり、同大学の入学が決まった。
「お前の一番良い球は真っ直ぐだから」
それ以降、上原監督は島内の才能を信じてこの言葉を送り続けた。
一方で、島内も結果を出し続けることで、少しずつ自信を深めていった。
大学で取り組んだ食トレの効果もあった。3年秋の昨年は140キロ後半のボールを連発。高校3年時よりも球速は10キロ近く上がった。
昨秋の明治神宮大会でも日本体育大学・松本航(2018年埼玉西武ドラフト1位)と堂々投げ合って結果は5回1安打1失点。プロのスカウトたちにしっかりアピールした。
そして迎えた2018年秋、大学生活最後のシーズン。島内は福岡六大学野球連盟のリーグ戦で7試合28回を投げて防御率0.64の成績をあげ、最優秀選手賞に選ばれた。
さらに10月25日のプロ野球ドラフト会議では広島から2位指名を受け、自身が想像もしていなかった高評価を得ることになった。
「まさかプロで指名されるようになるとは全然思っていなくて、ここまで指導してくださった監督には感謝してもしきれない恩があります」これは彼の本音だろう。
だからこそ、さきの明治神宮大会で伊藤裕季也に打たれた〝あの1球″には悔いが残った。上原監督がずっと信じてくれた、自分のストレートで勝負出来なかったこと。島内にとって大学生活一番の悔いだ。
借りと恩をプロの世界で
伊藤への借りを返すことはもちろん、プロの第一線で活躍することで上原監督に恩を返したいと考える。
「自分はまだプロの世界で恩返しを出来るチャンスがあると思っているので、気持ちを切り替えて、しっかり練習して、上の世界で通用するピッチャーになっていきたいです」自分に言い聞かせるように島内はそう話した。
そんな彼にこの日の第一打席、伊藤に出してしまった四球についてどのように感じているかを聞いた。筆者はあの第1打席で伊藤が流れを引き込み、その後の打席も優位に進めたように思えたからだ。実際、この試合、伊藤は対島内で全打席出塁している。
すると彼はこう答えた。
「あの場面でもしっかりコーナーに投げ分ける真っ直ぐが投げられていたら(打球が)前に飛んでいたかもしれないので、それをファール(カット)されていたというのは向こうのバッターが上だったのかなと思います。あの打席も最後は変化球に頼ったんですけど、その前の真っ直ぐで詰まらせることは出来ていたと思うので…。これからもその真っ直ぐのコントロールを磨いていきたいです」
早ければ来春、両者は再び対峙する。そのときの結果はどうか?
またひとつ楽しみな対戦が増えた。