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ヤクルト由規が退団 中島、奥村、2016年7月9日に“スタート”した3人がそれぞれの道へ

2018 10/3 07:00勝田聡
由規復帰登板戦で配布された由規ボード,Ⓒ勝田聡
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Ⓒ勝田聡

神宮が緑に染まった由規の復帰登板

ヤクルトの由規(本名:佐藤由規)が退団することになった。功労者と言うこともあり、球団は引退後のポストも用意したが、本人は現役続行を希望。退団し、新しい道で生きていくことを力強く語った。

由規は仙台育英高時代に2007年の夏の甲子園で155キロを記録。一躍、全国に名前が知れ渡り、ドラフト会議でも当然のように目玉となった。5球団競合の末、抽選で当たりくじを引いたヤクルトに入団。2010年には12勝(5敗)の成績を残し、エースへの道を順調に歩んでいた、はずだった。

しかし、右肩を痛めてからは故障と戦う日々の連続だった。

由規復帰登板戦で由規ボードを掲げるヤクルトファン,Ⓒ勝田聡

Ⓒ勝田聡

リハビリは5年にも及んだ。一度は支配下登録選手から外され育成選手に。一軍で投げられない長い期間、苦しみに耐え続けた。

そして最終登板から1771日ぶりの2016年7月9日、神宮球場の中日戦で復帰登板を果たしたのである。

その試合には多くのファン詰めかけ、球団が配布した紙製の「由規ボード」でライトスタンドは緑に染まった。

前年に不死鳥の如く蘇り、優勝の立役者にもなった館山昌平の姿を重ねるファンも多かったはずだ。この試合で敗戦投手にはなったが、新しい一歩を踏み出したことを多くのファンは感じ取ったはずだ。

復帰後は2016年に2勝、昨シーズンは3勝、そして今シーズンは1勝。白星は3年間でわずか6つしかない。しかし、その白星以上のものをファンやチームメートに与えたことは想像に難くない。

NPB以外の選択肢も考えている、と本人は語っており、来シーズンの去就は現時点では白紙。しかし、どこで戦うにしてもファンの心は掴んでくれるはず。新たな役割で輝いてほしい。

中島彰吾、奥村展征にとってもスタートだった7月9日

由規が「リ・スタート」を果たした2016年7月9日。この日の試合で新たな「スタート」を切った選手がその他にもふたりいる。

ひとりは育成から這い上がってきた中島彰吾だ。6点ビハインドの8回表2死から5番手の投手として名前がコールされたそのとき、初登板に気がついたファンからの声援、拍手が沸き起こった。

待ちに待ったデビュー戦のマウンドに登ると1回1/3を無失点に抑え、上々の結果を残した。

しかし、その後は大きな成果を残すことができず、昨シーズンオフにヤクルトを退団。由規より一足先に新たな道を開拓している。今シーズンはオランダでプレーし、次はオーストラリアでのプレーが決まっている。

そしてもうひとり。相川亮二のFA移籍に伴い、移籍先である巨人から人的補償としてヤクルトにやってきた奥村展征だ。

2014年オフに若手の遊撃手としてヤクルトにやってきた奥村は、移籍1年目の2015年は故障もあり一軍出場は「0」。ようやく機会を掴んだのが2年目の半ばだった。

同じく初出場だった中島の代打で登場すると、ファンは惜しみない拍手を送った。初打席は二ゴロと快音は聞こえなかったが、ふたりと同じく新たな一歩を踏み出したのだ。

あれから2年が経過した今シーズン、二軍では好成績を残し一軍での出番も増えてきた。内野手のライバルは多いが、一軍定着からレギュラー争いに加わることに期待が高まっている。

背景や経緯は違えど同じ日にスタートした3人が、来シーズンはそれぞれ別の道で戦うことになる。あたりまえではあるが、プロ野球の世界は甘くない。同じ日にスタートした選手たちでも、わずか2年のうちにバラバラとなってしまうのだ。

各選手がどこの舞台にいっても来シーズン以降、活躍することを願いたい。

※数字は2018年10月1日終了時点