理想のバッティングを
アメリカ合衆国カンザス州――。
父の母国でもあるこの地で、乙坂智が自身のスキルアップに繋がるヒントを見つけたのは今から5年前の2013年のオフのことだった。
2m、100㎏近くの大男たちが、その身体に似合わない長さ70~80㎝ほどの短尺バットを使いながら、スタンドティーに置かれたボールを打ち続ける。
「アメリカで自主トレをしたときにメジャーリーガーがそういう練習をしていたので、取り入れてみようと思ったのがきっかけですね」
それ以来、乙坂はティー打撃や素振りなどの練習時にこの短尺バットを使用。自分の理想とするインサイドアウトのスイングを手に入れるため連日、練習に明け暮れた。
その成果はこのオフにも少しずつ表れている。昨年11月、メキシコのウインターリーグ、ヤキス・デ・オブレゴンの一員として参戦した乙坂は、初戦となったチャロス・デ・ハリスコ戦でスタメン出場すると、いきなり3安打の活躍を見せて、現地のファン、および関係者を驚かせた。
その後の試合でもヒットを量産し続けると、27試合で打率.410のハイアベレージを記録する。変化球の多いメキシコの野球にもしっかり対応して、充実の1カ月間を過ごした。
メキシコでの経験が自信になる
「あっち(メキシコ)で初対戦のピッチャーとか移動時間とか環境面とか、本当に厳しい中でやってこれたのは自信になりました。毎日試合に出続けて、結果を出すことが出来ましたし、これをもっと続ければ日本でも活躍出来るのかなって思いましたね」
そう話す彼の表情は自信が漲っていた。またメキシコでの生活が想像以上だったことも良い経験になったと彼は話す。
「行く前は正直なんとかなるだろうと思っていたんですけど、行ったら何もかもが日本とは違っていて、もちろん頭では分かってはいたんですけど、そのギャップが想像以上で……」
水道水は殺菌処理こそしているものの、健康管理を考えたらとても飲めたものではない。水がダメとなると、当然、口にするもの、つまり食事にも気を使うことになる。
「もちろん治安もそうですけど、食べ物とか、水道とかですよね。あと移動時間も新幹線がないので、一番長いのだと11時間。日本だと、東京から福岡くらいの距離ですかね?1000何キロとかもありましたよ(笑)それを移動する。そうしたことも含めて良い経験になりましたね」
と、苦笑いを浮かべながら、メキシコ生活を振り返る。さらに彼が良い経験になったと振り返るのがウインターリーグとはいえ、現地での競争がそれなりに厳しく、それに打ち勝ったことだ。
たとえば東北楽天のオコエ瑠偉も、カニェロス・デ・ロス・モチスのメンバーとして同リーグに参戦していたが、11月28日のゲームで3打席連続三振を喫すると、その後は出場機会に恵まれなかったように、結果が出なければ使ってもらえない状況は、日本のオンシーズンと変わらない。そうした状況下で試合に出続け、結果を残したことが何よりも自信になり、今後を占う意味でも大きな糧となったと乙坂は話す。
集中力を研ぎ澄ませて
所属する横浜DeNAでも現在、厳しい外野枠争いに身を置いている。日本生命からドラフト2位で入団した神里和毅がキャンプ、オープン戦と好調を維持し、開幕スタメンを奪取。4月24日現在、ここまでの全試合にスタメン出場を続けるなど、昨年以上に競争は激化している。
それに負けずと乙坂も気を吐く。スタメン出場こそ4月10日の東京ドーム(対巨人)のみだが、その試合で4打数2安打の活躍。翌11日の同カードでも8回に代打で出場すると逆転の中越え適時二塁打を放ってチームの勝利に貢献。少ないチャンスを確実にものにしようと、集中力を研ぎ澄ませて出番を待っている。
現状について乙坂はこう言う。
「良いことも悪いことも全て自分のプラスになっていると捉えて、人生の糧にしたいですね」
人懐っこそうな笑みを浮かべながらそう話す彼の行く末が、太陽の国と称されるメキシコのように明るく輝いているようにも感じた。