「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

2年連続Aクラス!DeNAベイスターズが強くなった理由とは

2018 2/9 17:20Mimu
野球観客
このエントリーをはてなブックマークに追加

2年連続でAクラス入りとなったベイスターズ

2016年シーズン、2017年シーズンと2年連続で3位に入った横浜DeNAベイスターズ。特に2017年シーズンは日本シリーズにまで勝ち上がり、多くのファンに感動を与えてくれた。
1998年に日本一に輝いたものの、そこから選手の流出などでチームが弱体化してしまい、そして2002年の最下位が引き金となった。

2002年に最下位になって以降、そこから3シーズン連続で最下位。2008年~2012年までは5年連続で勝率が4割を切っていた。
結局2002年~2015年までの14シーズンで、Bクラスが13度、うち最下位は10度。このような悲惨な状況でから、よく立て直したものだ。だがいったいなぜ、ベイスターズが長年の暗黒時代を超えて、復活することができたのだろうか。
今回はベイスターズ浮上の理由を考察していく。

転機となった2011年オフ

やはり転機となったのは、2011年だと言えるだろう。この年のオフ、ベイスターズの親会社がTBSからDeNAへと変更。
監督には中畑清氏が就任し、新たなチームとして生まれ変わった。

特に中畑監督は、チームに漂っていた嫌な雰囲気をすべて打ち払った。それまでのベイスターズの選手たちは、勝ちへの執着心が薄かった。
というよりも、全くプロ野球選手として覇気がなかった。監督が選手たちにあいさつをしても、最初は反応がなかったという話もある。

監督はそんな選手たちを、一野球人として、一社会人として、根本から鍛えなおしていった。挨拶は必ず返す、試合中はしっかりと声を出す、やる気のないプレーは絶対にしないなど。
こういった当たり前のように思えることも、1から徹底的にたたきこんでいった。

中畑監督のもと、戦う集団へと生まれ変わっていった

特に石川雄洋に対しては、厳しく対応した。彼は当時、チームのキャプテンという立場であったのだが、ちょっと不調気になると不貞腐れたり、声を出さなくなったりすることが目立っていた。
キャプテンでなおかつチーム随一の人気選手。そのため、やや球団からは優遇されていた部分もあったのだが(球団自体もややぬるま湯体質であった)、中畑監督はそんな石川ですらもあっという間に2軍に落とした。
ほかにも梶谷隆幸や宮崎敏郎など、守備でポカをやらかしたような選手もすぐさま2軍へ。中村紀洋のようなベテラン選手でさえ、チームよりも個人を優先するような言動があったとして、2軍に降格させたこともある。

これらはすべて「チーム」として戦っていくために必要なことだ。野球はベンチ入りした25人全員で戦っていくもの。
そのため、チームの輪を乱したり、チームの士気を下げたりするような選手は、容赦なく2軍に落としていった。個の集まりではなく、チームとして。
この意識を選手たちに植え付けるためだ。

だが、石川はその後1軍に復帰し、攻守交代の時は誰よりも早くベンチを飛び出し、誰よりも大きな声を出すなど、明らかに野球に対しての姿勢が代わっていった。梶谷もその後好成績を残している。
宮﨑は中畑監督時代にレギュラーを取ることはできなかったが、それでも2017年の首位打者にまで成長した。少し前までなら、2軍に落とされた選手たちは、そこで腐っていたかもしれない。
だが彼らは這い上がってきた。これはチーム全体の雰囲気が変わったという何よりの証拠だろう。

キャプテンとして1人立ちした筒香嘉智

さらに、筒香嘉智をキャプテンとして1人立ちさせたというのも大きい。2009年に鳴り物入りでベイスターズに入団した筒香であったが、それまではなかなか結果を出すことができていない状態であった。

 

  • 2011年:40試合 打率.241(145-35) 8本塁打 22打点
  • 2012年:108試合 打率.218(386-84) 10本塁打 45打点
  • 2013年:23試合 打率.216(51-11) 1本塁打 3打点

 

時折大砲としての片鱗を見せるような打球はあったのだが、球団からは将来の主砲として期待の選手ということで期待を集めていた。
しかし、中畑監督は、そんな筒香に対しても厳しく突き放した。2013年シーズン終了後の秋季キャンプには帯同させず、2軍の横須賀に居残りさせた。
それくらい、当時の筒香に危機感がなかったのだろう。

だがそれが思っていた以上の効果もあった。2軍球場のある横須賀では、日本ハムで糸井嘉男を育てた実績のある大村巌打撃コーチの指導を受ける。
すると、自分の目指す打撃と今取り組むべき練習が明確になり、そこから手応えをつかんでいった。そして2014年は打率.300(410-123) 22本塁打 77打点という成績を残し、ようやく主軸打者として成長を見せた。

さらに、翌シーズンからはキャプテンに就任。当初は遠慮もあったのか、口数も少なく、プレーで引っ張るタイプのキャプテンであったが、年々経験を積むごとにキャプテンとしても成長していき、今ではチームを率先して盛り上げる理想的なキャプテンとなった。

上手くはまったドラフト戦略

加えて、ドラフトが上手くいったというのも大きい。現在のベイスターズの戦力を見てみると、20代の選手たちが中心となっており、特に近年のドラフトで入団した選手の名前も目立つ。
主な選手を以下にまとめてみた。

 

野手

  • 宮崎敏郎:2012年ドラフト6位
  • 嶺井博希:2013年ドラフト3位
  • 倉本寿彦:2014年ドラフト3位
  • 柴田竜拓:2015年ドラフト3位
  • 戸柱恭孝:2015年ドラフト4位

 

投手

  • 井納翔一:2012年ドラフト3位
  • 三上朋也:2013年ドラフト4位
  • 砂田殻樹:2013年育成ドラフト1位
  • 山崎康晃:2014年ドラフト1位
  • 石田健大:2014年ドラフト2位
  • 今永昇太:2015年ドラフト1位
  • 濱口遥大:2016年ドラフト1位

 

それ以前に入団した選手としては、梶谷隆幸、筒香嘉智、田中健二朗などごく少数。それくらい、近年のドラフトは大成功だった。
宮崎や砂田のような掘り出し物的な選手や、山崎・今永・濱口のように期待以上の働きを見せてくれた即戦力投手。まだまだ選手層が厚いとはいえないが、彼らの加入によって上位争いが可能となった。
2017年のドラフトでも立命館大学からサウスポーの東克樹を獲得しており、その活躍に期待したい。

ラミレス采配でさらに選手たちが成長していく

そして最後に、アレックス・ラミレス監督の功績だ。中畑監督によって戦う集団へと変貌を遂げたチーム、そんな彼らを、ラミレス監督は上手く起用していった。
ラミレス監督は、どちらかといえばデータに基づいて理論的な采配を振るう。特に打線の組み方は他の監督に比べて一線を画しているが、それでしっかりと結果を出しているのがラミレス采配の凄さだ。

その一方で、レギュラー選手はしっかりと固定し、不調な期間が長く続いても2軍に落すことはしなかった。2017年シーズンは、桑原将志や倉本に加えて、山崎康晃や筒香まで不振に陥っていたのだが、それでも彼らをずっと使い続け、最後には全員復調した。
特に7月・8月を乗り越えることができたのは、彼らの活躍なくしてはならない。

それでいて選手のことを一切批判せず、いつも前向きなコメントを出すのが素晴らしい。負けが込んでも、調子が上がらなくても、選手たちが下を向かず、1年間戦い続けることができたのは、ラミレス監督だからこそだ。
中畑監督とは全くカラーの違う監督であるが、彼もまた、名称と呼ぶにふさわしい。

余談ではあるが、ラミレス監督が日本国籍取得の申請中であることが、2018年1月に報道された。誰よりも本気で日本一を目指す、そういった覚悟を見せられたような気がする。
2年連続でAクラス入りではまだまだ満足できない。目指すは日本一のチーム、2018年シーズンはどういった戦いを見せてくれるだろうか。