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評価・見極め・競技力の向上~四国ILトライアウト導入にみた、トラッキングシステムの可能性~

評価・見極め・競技力の向上~四国ILトライアウト導入にみた、トラッキングシステムの可能性~
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トラッキングシステム機器、Rapsodo(ラプソド)

四国アイランドリーグPlusの第一次トライアウト


 いまから1ヶ月前のこと。埼玉県川越市にある、グラウンドに多くのプレーヤーが集まった。行われていたのは、四国アイランドリーグPlusの第一次トライアウトだ。後日行われた四国開催を含め、のちのドラフトで36名が新たに“独立リーガー”として指名されることになったこの現場で、革新的な取り組みが行われていた。
 選手たちが汗水を垂らすグラウンドの横、投手陣たちのテスト会場となるブルペンの一角に、見慣れない機械がポツリ。ビデオカメラのような“謎の箱”が、受験生たちの様子をじっくりと眺めていた。

一見、ビデオカメラかのような“箱”がブルペンに一機設置されていた

※一見、ビデオカメラかのような“箱”がブルペンに一機設置されていた


 箱の正体はRapsodo(ラプソド)という最新鋭のトラッキングシステム機器だ。トラッキングシステムとは、画像解析の技術や、レーダー技術の進歩によって、野球でいえば、投手が投げた球速、打者の打球速度やその角度に至るまであらゆるものを数値化できる分析ツールである。
 今年から、一気に耳にすることが増えたこの言葉は、レギュラーシーズン中のテレビ中継をはじめ、直近では秋季キャンプで各球団が試験的に導入したことでさらなる話題となったが、トライアウトの現場でも導入されていたのだ。

 トライアウトを受験した投手のデータ。球速のほか、回転軸や回転数などもみることができる

※ トライアウトを受験した投手のデータ。球速のほか、回転軸や回転数などもみることができる


 あくまで“トライアル”での設置だと、話を聞かせてくれたのは四国アイランドリーグPlusのが、坂口裕昭事務局長だ。 「これまでのトライアウトというと、どうしても現場の方の選手をみる“眼”に頼らざるを得ませんでした。他の方法で、これから花開く可能性があるような選手を見つけられるとしたら、チャンスが多く広がると思い、導入を決めました」

 選手の投じるボールが数字で表現されることで、今までは見つけられなかった“普通ではない”投手を見極めることができうるのである。普段は見られない数字の抽出に、同現場に選手をチェックに訪れていた高知ファイティングドッグスの駒田徳広監督らも、興味津々の様子だった。
 「自分なりのではあるけど、右投手であればここ、左投手であればここというポイントは決めています。実際にみて面白い投手だなと思った投手が、数値的にも優れているといことを確かめることもできました。自分の目も確かめられましたし、裏付けをしてくれるというのは非常に助かるし、より間違いない指名ができる気がします」とは駒田氏。
 今年も数人がNPBへと指名された四国アイランドリーグPlus。夢への第一歩を踏み出すためのトライアウトの舞台における導入は、球界全体にメリットがありそうだ。

 可能性の広がりは想像しているよりはるかに無限大だ。「球の回転や角度が分かってどうするのか」という疑問を持っている人もいるだろう。ここでトラッキングシステムの可能性について触れておこう。

 1つめは、今回のトライアウトの現場での導入に代表されるような、選手の“評価”に関する活用法だ。例えば同じぐらいの球速のストレートを投げる投手がふたりいたとして、“どちらが球質的に優れているのか”を探ることができる。
 同じ球速140キロのボールだとしても、一方が著しく回転数が多い場合、いわゆる“伸び”を感じるボールであると解釈することができる。実際には、回転軸の傾きなど、その他の要素もしっかり解析しなくてはそうは言い切れないのだが、ひとつの新しい指標として活用できるものだ。
 ちなみに、逆に平均より著しく回転数が少なかったりする場合も、それはそれで打ちにくさを生む特異なボールになりうる。“回転数=優れている”というわけではない点は注意が必要だ。

 2つめは、選手の“状態”を見定める活用法だ。現在は、秋季キャンプのように試験的に導入する球団が多いが、継続して導入することで、例えば、長いシーズンにおいて登板を重ねてきた投手が、春先と秋口でどのような変化が起こっているのかを、ボールそのものの解析により見極めることができる。
 これまでは単純に球速の増減がひとつの指標であり、選手の評価同様にコーチ等の“眼”によって、疲労や好不調を判断されてきた。もちろん、その他のロジカルな判断基準や肉体的な疲労度等で判断を実施している場合が多分にあるが、例えば選手のフォームの崩れや、球威の減少といった部分を、ボールの質の変化という観点から探ることができることになる。
 “ボールがシュート回転気味になりつつある”、“球威が落ちている”といった抽象的な減少が数字で解析できるようになることで、指導者にとってはより具体的な指導ができ、選手自身にとっては改善への近道へとなりうるだろう。
 また、これは選手生命に関わるような大きな故障の予防にも役立つ可能性も秘める。例えば、大きな怪我をしてしまった投手が、長いシーズンの中でボールの質に少しずつ変化が出ていという解析結果がでた場合、同様の傾向のある投手が事前にそれを予知して、怪我を避けることにもつながりうる。
 これは解析を重ねていってはじめて生まれるものだが、いままでにないデータが蓄積されることは、新たな可能性を生みうるのは言うまでもない事実だ。

 3つめは、最新鋭のシステムを活用することによる“競技力の向上”だ。トラッキングデータをもとに投手が自分自身の球質をチェックし、球種の改善に役立てるのはもちろんのこと、投手が多角的に分析できるようになるということは打者側の“攻略”においても大きな可能性を生む。
 いままで打ちにくいとされていた投手の球質が、感覚だけではなく数字で明確に分析されることで、例えば“あの球団のA投手とこの球団のB投手の特徴が似ている”といった分類がより明確になるのだ。
 加えて、ボールの質が明確になれば、“再現”もできる。すでに活用がはじまっている球団もあるが、例えばVR技術との併用により、対戦する投手のボールがバーチャルで立体的に、再現されるということが起こりうるだろう。
 また、近年はピッチングマシンの技術も進んでおり、ボールの投球軸などまで再現した、その投手が投げるボール“そのもの”を投じる可能性も出てくる。投手としてはたまったものじゃないと思われるかもしれないが、技術の革新は避けられないものであり、その分さらなる技術の向上や、より一層、配球などによる駆け引きが熾烈化することにも繋がるだろう。
 打者も打者で、あらゆる投手の癖に対応できるような技術を身につけることが一般化されていくかもしれない。今年の春、WBCの舞台で思い知らされた“動くボール”への対応等も、このような技術の発展により、どう対応すべきかという技術論の発展につながりうるだろう。
 球種の細分化や平均球速の向上など、ここ10年でも発展してきたかに思われる選手の野球技術が、さらに大きく発展していく可能性を秘める。

 4つめに、このような技術の発展が、野球のさらなるエンターテインメント性を生む可能性にも触れておきたい。ここまでにふれたとおり、いままでにないデータが蓄積されることで、新しい情報が野球ファンにも届くことになる。
 ホームランの打球速度をみて、選手のすごさを再認識することにもなるだろうし、どこまで情報が今後開示されるものになっていくかはまだ分からないが、「あの投手の回転数すごいよな」なんて会話が野球玄人の間ではなされていくことになるかもしれない。
 またこれも想像の域を出ないが、実際にはその場にいない選手同士による、お互いのボールを再現してのバーチャルリアリティー対決や、いままでは成し得なかった自分が投げるボールを自分で打ったり捕ったりすることも、技術的には可能になってくるだろう。可能性は無限大だ。
 以上、最後は想像の範疇の話に逸れてしまったが、トラッキングシステムは大いなる可能性を秘めた取り組みである。今年、多くの場所で聞くようになったこのシステムの秘める可能性をぜひ、把握しておいてほしい。
単なる一貫性の流行りものではなく、今後の野球を大きく発展させるものなのだ。


企画、監修:データスタジアム