「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

【1990年代後半を振り返る】ドラフト下位指名からのブレイクは?

2017 9/13 14:03cut
野球,ボール
このエントリーをはてなブックマークに追加

1997年:「アライバ」の「イバ」こと井端弘和選手はドラフト5位!

各球団2名までの逆指名が認められていた1997年のドラフト会議。一番の注目となったのは平安高校の川口知哉選手だ。甲子園で準優勝を果たし、左腕から繰り出されるストレートは140キロ台を記録。「ドクターK」と称されていた逸材だ。川口選手には4球団が競合しオリックス・ブルーウェーブが交渉権を獲得。プロ入りを果たした。また、上位指名では2017年シーズン福岡ソフトバンクホークスで活躍する五十嵐亮太選手が、ヤクルトスワローズから2位指名を受け入団に至っている。

下位指名からもっともブレイクを果たした選手は亜細亜大学の井端弘和選手だろう。中日ドラゴンズから5位指名を受けプロ入り。1年目の1998年から18試合に出場するも翌1999年は出場がなかった。2000年から徐々に出番を増やすと、2001年に140試合出場を果たしレギュラーに定着。荒木雅博選手とともに鉄壁の二遊間を組み、中日の黄金時代を支えている。ファンからは「アライバ」の愛称で親しまれていた。晩年は巨人に移籍し2015年に現役引退。2017年は巨人のコーチを務めている。

1998年:ドラフト6位から名球会へ!新井貴浩選手

各球団2名までの逆指名が認められていた1998年のドラフト会議。同制度を用いて上原浩治選手(現・カブス)、二岡智宏選手(元・日本ハム他)が読売ジャイアンツへ入団。両名とも巨人で主力として活躍し、他球団へ移っていった。

また、この年は横浜高校が春夏の甲子園を連覇。エースであった松坂大輔選手(現・ソフトバンク)が人気を集めた。3球団が競合し、西武ライオンズが抽選の末に交渉権を獲得している。松坂選手は西武入団後に結果を残し、メジャーリーグへ移籍。ワールドチャンピオンに輝くなどの結果を残した。その後、2015年からは福岡ソフトバンクホークスへ移籍し、日本球界にもどってきた。しかし、2017年8月時点で一軍登板はなく復帰が待たれている。

また、この年の下位指名からは名球会入りを果たした選手が誕生した。広島東洋カープが6位で指名した新井貴浩選手だ。新井選手は2005年に打点王を獲得するなど4番として活躍。2007年オフにFA宣言し阪神タイガースへ移籍し、2011年に打点王を獲得するなど一定の成績を残している。2015年からは古巣である広島に戻り、2016年のリーグ優勝に大きく貢献した。

また、ドラフト5位で横浜ベイスターズから指名を受けた金城龍彦選手。入団2年目の2000年に首位打者、新人王を獲得するなど活躍を果たしている。

おすすめの記事