甲子園の歴史を紐解く上で欠かせない1校・PL学園を振り返る|【SPAIA】スパイア

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甲子園の歴史を紐解く上で欠かせない1校・PL学園を振り返る


7人の名球会入りを輩出

プロ野球界に多くの名選手を送り込んだPL学園高校。その第1号となったのは野田征稔選手だ。第5期生である野田選手は甲子園に出場こそならなかったものの、1963年に阪神へ入団。1975年に現役を引退するが、その後阪神で二軍監督やフロントと幅広く活躍し、1977年度の米村明選手(元中日)から2001年度の今江敏晃選手(楽天)らまで、25期連続でプロ野球選手を輩出するなど圧倒的な供給量を誇っていた。

主なOBは加藤秀司選手(元南海他)、新井宏昌選手(元近鉄他)、清原和博選手(元オリックス他)、立浪和義選手(元中日)、宮本慎也選手(元ヤクルト)、松井稼頭央選手(楽天)、福留孝介選手(阪神)と名球会入りを果たした選手も多数在籍。

その他にも尾花高夫選手(元横浜監督)、吉村禎章選手(元巨人)、小早川毅彦選手(元ヤクルト他)、桑田真澄選手(元巨人他)、今岡誠選手(元阪神)、サブロー選手(元ロッテ)らの主力選手が在籍していた。

また、現役選手では前田健太選手(ドジャース)が現在メジャーリーグでも活躍している。

2010年のドラフトで指名された吉川大幾選手(巨人)、勧野甲輝選手(元ソフトバンク他)が最後の指名選手となっており、それ以降、2016年のドラフトまでプロ入りしたOBは生まれていない。

西田選手、木戸選手のバッテリーで初優勝

PL学園は春のセンバツに20回(優勝3回、準優勝1回)、夏の選手権に17回(優勝4回、準優勝3回)の出場を誇る。また、通算で96勝30敗(春48勝17敗、夏48勝13敗)の成績を残しており、通算勝利数は2017年春のセンバツ終了時点で中京大中京高校(133勝)、龍谷大平安高校(99勝)に次ぐ第3位だ。

そのPL学園が初めて甲子園に出場したのは、1962年春のセンバツだった。この大会で甲子園のスコアボードに初めてPL学園の文字が刻まれた。初出場ながら2勝をマークしベスト8進出を果たしている。その勢いで同年夏の選手権にも初出場。しかし、夏は強豪・日大三高に敗れ2回戦敗退となってしまう。

初めて甲子園の決勝に進出したのは1970年夏の選手権だった。夏の選手権初出場から8年ぶり2回目の出場となったこの大会では、新井選手を主将とし、決勝へ初めて進出。しかし決勝で東海大相模高校に6-10と打ち合いの末に敗れている。

記念すべき甲子園初優勝を飾ったのは1978年夏の選手権だった。広島に入団後は野手に転向した西田真次選手(改名後 西田真二)、木戸克彦選手(元阪神)のバッテリーに金石昭人選手(元巨人他)、谷松浩之選手(元ヤクルト)と1学年下の阿部慶二選手(元広島)、山中潔選手(元ロッテ他)らがメンバー入り。5試合全て3点差以内の接戦をものにした。この大会からPL学園の栄光が始まったともいえる。

史上2校目の春連覇からKK時代へ

1978年夏の選手権で初優勝を飾ったPL学園が、春のセンバツを初めて制したのは1981年だった。吉村選手が主将を務めたこの大会。
PL学園は西川佳明選手をエースとして立て、5試合でわずか3失点と相手チームに得点をほぼ許さず初優勝。西川選手は5試合を1人で投げ抜き、決勝ではサヨナラタイムリーヒットを放ち、優勝に大きく貢献している。この大会では、準決勝で9回裏4点ビハインドから追いつき、延長12回にサヨナラ勝ち。決勝では9回裏2点ビハインドから3点を奪い勝利する。この2戦の逆転勝利から「逆転のPL」と呼ばれるようになった。

夏の選手権には出場できなかったが、翌1982年春の大会に戻ってきたPL学園は、1929年と30年の第一神港商業高校以来の史上2校目となる春連覇を達成する。これ以降2017年春のセンバツ終了までに、春連覇を達成した高校は存在しない。

春連覇を達成した翌年(1983年)、夏の選手権でPL学園は2度目の優勝を果たす。この大会に高校野球史に大きな足跡を残す「KKコンビ」こと清原選手、桑田選手が1年生として初めて姿を現した。翌1984年は春夏ともに準優勝、2人が3年生になった1985年の春のセンバツはベスト4。優勝まで手が届かなかったものの、まさに「最強チーム」だった。
KKコンビにとって最後の夏となる1985年夏の選手権で2年ぶりの優勝。清原選手は史上最多となる甲子園通算13本塁打、桑田選手は甲子園通算20勝3敗という圧倒的な成績を残した2人は、有終の美を飾りプロ野球の世界へとそれぞれ羽ばたいていく。

史上4校目の春夏連覇

KKコンビ卒業後もPL学園の黄金時代は続き、絶頂期は2人の卒業から2年後の1987年だった。野村選手、立浪選手、橋本清選手(元巨人)、片岡篤史選手(元阪神他)、1学年下に宮本選手を擁し史上4校目の春夏連覇を達成。「PL学園の強さはいつまで続くのか?」といった声が聞こえる程の黄金時代を築き上げた。
しかし、この1987年夏の選手権優勝が最後の栄冠となってしまう。
以降も多くのプロ野球選手を輩出しベスト4までは進出するものの決勝への進出はなく、徐々に甲子園の舞台へ出場することも減っていく。2009年夏選手権の2回戦で、県立岐阜商業高校に3-6で敗戦。これが、甲子園における最後の試合となった。

最後の夏

2016年夏の選手権大阪府大会(甲子園予選)2回戦(初戦)が7月15日に行われた。翌年(2017年)からは活動停止が決まっており、PL学園にとって最後の甲子園予選となったこの大会の初戦相手、は東大阪大柏原高校だった。
初回に2点を奪うもすぐさま逆転され2-5と3点ビハインドのまま試合は中盤へ。6回、7回に2点ずつ奪い6-5と逆転に成功するも7回、8回に1点ずつ失い、6-7で逆転負け。PL学園最後の夏は初戦で終わってしまった。この試合が最後となるかもしれないということもあり、宮本選手らが応援に駆けつけ手声援を送っていたが届かず。PL学園の歴史が終わった瞬間でもあった。
甲子園で数々の記録を生み出し、多くの有名プロ野球選手を輩出してきたPL学園。部員募集再開の日が来るのを待ち続けたい。

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