「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

甲子園の歴史を紐解く上で欠かせない1校・PL学園を振り返る

2017 8/25 10:07cut
高校野球
このエントリーをはてなブックマークに追加

7人の名球会入りを輩出

プロ野球界に多くの名選手を送り込んだPL学園高校。その第1号となったのは野田征稔選手だ。第5期生である野田選手は甲子園に出場こそならなかったものの、1963年に阪神へ入団。1975年に現役を引退するが、その後阪神で二軍監督やフロントと幅広く活躍し、1977年度の米村明選手(元中日)から2001年度の今江敏晃選手(楽天)らまで、25期連続でプロ野球選手を輩出するなど圧倒的な供給量を誇っていた。

主なOBは加藤秀司選手(元南海他)、新井宏昌選手(元近鉄他)、清原和博選手(元オリックス他)、立浪和義選手(元中日)、宮本慎也選手(元ヤクルト)、松井稼頭央選手(楽天)、福留孝介選手(阪神)と名球会入りを果たした選手も多数在籍。

その他にも尾花高夫選手(元横浜監督)、吉村禎章選手(元巨人)、小早川毅彦選手(元ヤクルト他)、桑田真澄選手(元巨人他)、今岡誠選手(元阪神)、サブロー選手(元ロッテ)らの主力選手が在籍していた。

また、現役選手では前田健太選手(ドジャース)が現在メジャーリーグでも活躍している。

2010年のドラフトで指名された吉川大幾選手(巨人)、勧野甲輝選手(元ソフトバンク他)が最後の指名選手となっており、それ以降、2016年のドラフトまでプロ入りしたOBは生まれていない。

西田選手、木戸選手のバッテリーで初優勝

PL学園は春のセンバツに20回(優勝3回、準優勝1回)、夏の選手権に17回(優勝4回、準優勝3回)の出場を誇る。また、通算で96勝30敗(春48勝17敗、夏48勝13敗)の成績を残しており、通算勝利数は2017年春のセンバツ終了時点で中京大中京高校(133勝)、龍谷大平安高校(99勝)に次ぐ第3位だ。

そのPL学園が初めて甲子園に出場したのは、1962年春のセンバツだった。この大会で甲子園のスコアボードに初めてPL学園の文字が刻まれた。初出場ながら2勝をマークしベスト8進出を果たしている。その勢いで同年夏の選手権にも初出場。しかし、夏は強豪・日大三高に敗れ2回戦敗退となってしまう。

初めて甲子園の決勝に進出したのは1970年夏の選手権だった。夏の選手権初出場から8年ぶり2回目の出場となったこの大会では、新井選手を主将とし、決勝へ初めて進出。しかし決勝で東海大相模高校に6-10と打ち合いの末に敗れている。

記念すべき甲子園初優勝を飾ったのは1978年夏の選手権だった。広島に入団後は野手に転向した西田真次選手(改名後 西田真二)、木戸克彦選手(元阪神)のバッテリーに金石昭人選手(元巨人他)、谷松浩之選手(元ヤクルト)と1学年下の阿部慶二選手(元広島)、山中潔選手(元ロッテ他)らがメンバー入り。5試合全て3点差以内の接戦をものにした。この大会からPL学園の栄光が始まったともいえる。

おすすめの記事