トリプルスリーで全国区へ!ソフトバンク・柳田悠岐選手|【SPAIA】スパイア

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トリプルスリーで全国区へ!ソフトバンク・柳田悠岐選手


アマチュア時代から圧倒的な成績

田中将大選手(ヤンキース)、斎藤佑樹選手(日本ハム)らと同世代となる1988年生まれの柳田悠岐選手。広島県出身の柳田選手は地元の名門・広島商業高校へと進学する。しかし、高校時代に甲子園出場はなく全国的には無名の存在でもあった。斎藤選手、田中選手らが注目を浴びる中でプロ志望届を提出することなく、広島六大学野球連盟に所属する広島経済大学へと進学。

大学時代は1年時からレギュラーへ定着し4度の首位打者、6度のベストナインに輝いている。大学4年間での通算成績は打率.428(276打数118安打)、8本塁打、60打点とリーグでは圧倒的だった。スポーツ紙などではメジャーリーガーのバリー・ボンズ選手になぞらえ「安芸のボンズ」と報道されている。しかし、全国大会では結果を残すことができずに、4試合で打率.154(13打数2安打)、0本塁打、0打点の成績に終わってしまう。

東京六大学野球連盟、東都大学野球連盟に比べるとレベルが低いとされている広島六大学野球連盟ではあるが、圧倒的な成績を残したことで、2010年のドラフト候補として注目を浴びていたことは間違いない。

秋山翔吾選手との二択!ドラフト時の逸話

2010年のドラフトは、すでに、プロ入りを果たし実績を残していた同期の田中選手、前田健太選手(ドジャース)、坂本勇人選手(巨人)ら1988年生まれ同世代の大学卒業組が目玉だった。なかでも、早稲田大学の斎藤選手、大石達也選手、福井優也選手が大きな話題となっており、柳田選手の評価はトップクラスではなかったのが実情だ。

ドラフト前の予想通り斎藤選手は4球団、大石選手は6球団の競合となった1巡目指名。続く2巡目で柳田選手はソフトバンクから指名を受けることになる。このとき、ソフトバンクは八戸学院大学の秋山翔吾選手(現西武)を指名する予定だった。
しかし、指名直前に王貞治会長が「このなかで一番、誰が飛ばすんだ」とスカウト陣に質問。スカウトが「柳田です」と答えたことから指名に繋がったという逸話もある。

秋山選手も2015年シーズンにシーズン最多安打記録となる216安打を放ち、日本代表としても活躍。柳田選手同様に素晴らしい選手だ。この2人を見抜いていたソフトバンク・スカウト陣の眼力が強さの要因の一つかもしれない。

レギュラー奪取までの道のり

2010年ドラフト2位でソフトバンクへと入団した柳田選手。ルーキーイヤーの2011年は一軍で6試合の出場にとどまり、初安打も生まれなかった。翌2012年から試合に出始めると68試合に出場し、打率.246(195打数48安打)、5本塁打、18打点、6盗塁の成績をマーク。プロ初安打、初本塁打、初盗塁などを記録し3年目以降への期待を持たせてくれた。

2013年は開幕から一軍で試合に出場するも病気、故障でフルシーズンを戦えていない。しかし、104試合の出場となったが打率.295(298打数88安打)11本塁打、41打点、10盗塁と初めて二ケタ本塁打、二ケタ盗塁を記録。外野のレギュラー争いに食い込んでいる。

大学時代に圧倒的な成績を残した柳田選手ではあったが、プロ入り後はすぐにレギュラーとなったわけではなく、3年間は下積みとなった。

トリプルスリーと首位打者を同時獲得

柳田選手の名前が全国的に知れ渡ったのは2015年シーズンである。ヤクルトの山田哲人選手とともに「トリプルスリー」(打率3割、ホームラン30本、30盗塁以上の成績を表す)を達成し、その言葉がユーキャン新語・流行語大賞を受賞したからだ。

前年の2014年シーズンは自身初めて144試合全試合に出場し、打率.317(524打数166安打)、15本塁打、70打点をマーク。更なる飛躍を期待されてのシーズン開幕だった。前年までは内川聖一選手が務めていた3番を開幕戦から任されている。開幕戦から猛打賞を記録するなど3月、4月を打率.350(100打数35安打)4本塁打、13打点の好成績を残す。5月以降も調子を落とすことなくヒットを量産。6月には打率.446(92打数33安打)、5本塁打、13打点と圧倒的な成績を残した。

高打率をキープする中で本塁打、盗塁も積み重ねシーズンも終盤にさしかかる9月8日に30本塁打、9月15日に30盗塁を達成。この時点で打率.369をマークしていたことからトリプルスリーが確実となった。どれだけ、数字を伸ばすことができるかに注目が集まったものの、終盤戦で死球を受けたことで積み上げはできなかった。

結局、年間を通じて打率.363(502打数182安打)、34本塁打、99打点、32盗塁の成績を残し、トリプルスリーと首位打者を史上初めて同時に獲得した。また、最高出塁率のタイトルも獲得している。この活躍もあり、シーズンオフには日本代表に選出されたがシーズン終盤の死球を理由に辞退している。

四球攻めに苦しんだ2016年

2015年シーズンにトリプルスリーを達成した柳田選手。2016年は開幕から他球団のマークに合い勝負を避けられることも多く、四球攻めに苦しんだ。開幕戦から2つの四球を選ぶと、そこから18試合連続四球を達成。1970年に王貞治選手が作った記録に並び日本記録タイとなった。開幕からという注釈をつければ日本記録となる。

このように柳田選手は徹底して勝負を避けられ打率.262、2本塁打、6打点と調子を上げることができずにいた。前年(2015年)の18試合終了時点の成績は打率.373、2本塁打、7打点の成績と比べると、打率を1割近く下げたことになる。

なかなか調子が上がらなかった柳田選手が開幕直後をくぐり抜け、ようやく打率3割に到達したのは交流戦終盤の6月半ばだった。以降は打率3割近辺を漂いながら夏場を乗り切り、日本ハムとの終盤戦に臨むはずだった。

しかし、9月1日の西武戦でスライディングキャッチを試みた際に右手薬指を骨折し、シーズン中の復帰はできなくなった。これにより2年連続トリプルスリーの夢は絶たれ、大事な終盤戦を欠場することとなってしまった。日本ハムに優勝をさらわれた一つの原因が柳田選手の離脱でもある。

2016年シーズンは打率.306(428打数131安打)、18本塁打、73打点、23盗塁と打撃成績を軒並み落としてしまったが、2年連続となる最高出塁率のタイトルは死守している。

故障もあり第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加することはできなかったが、次回大会では日本代表の主軸としてチームを引っ張ってくれることを期待したい。

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