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驚異の防御率0.73!藤本英雄選手【球史に名を残した偉人達】

2017 8/3 12:07cut
野球ボールとグローブ
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プロ入り1年目に10連勝

1942年9月に巨人でデビューを飾った藤本選手。デビュー戦となった9月27日大洋軍(1943年に解散)との一戦で7回3失点で初登板初勝利を飾っている。
自身2戦目は阪神軍(現阪神タイガース)との一戦だった。この試合でも藤本選手は9回被安打10と苦しみながらも3失点でまとめ試合は延長戦に。勝利投手となることはできなかったものの、2戦続けて好投を見せ実力を見せることに成功した。
9月27日の初登板から1カ月半ほどで藤本選手は14試合(先発12試合)に登板。10勝0敗、111回を投げ奪三振53、与四球36、防御率0.81の記録を残し先発投手としての役割を果たした。デビューから10連勝でシーズンを終えていたのだ。また、打撃面でも打率.220(41打数9安打)、0本塁打、7打点と投打共に優秀な成績を残したと言える。
この年は圧倒的な投高打低のシーズンでもあり、首位打者の呉浪選手の打率は.286。プロ野球史上唯一の2割台での首位打者だった。

圧巻だった2年目は驚異の防御率0.73

前年(1942年)に無傷の10連勝と鮮烈なデビューを飾った藤本選手。2年目のシーズンもまさに圧巻の成績を残している。
自身の連勝記録は、開幕2戦目のシーズン初登板(6回失点3・自責1)で途切れてしまったが、84試合中56試合(先発46試合)に登板。34勝11敗、432.2回を投げ奪三振253、与四球168、防御率0.73の成績を残し巨人軍のエースに君臨した。
最多勝、最高勝率、最優秀防御率、最多奪三振と4部門でリーグトップとなる。この年の防御率0.73は2016年終了時点でプロ野球記録となっており、1シーズン記録の中でもアンタッチャブルレコード(不滅の記録)として燦然と輝いている。また、完封勝利19試合もプロ野球タイ記録として残っており、こちらも不滅の記録として破られることはなさそうだ。
5月22日の名古屋戦(現中日ドラゴンズ)では後に、シーズン161打点のプロ野球記録を樹立する小鶴誠選手らを擁する打線を与四死球4のみに抑え、自身初のノーヒットノーランを達成。
巨人軍における34勝は40年の須田博(スタルヒン)選手以来となる30勝以上でもあり、エースの座が須田選手から藤本選手へと移った年でもあった。この年、須田選手は10勝をマークしているが、両投手が巨人軍で同時に輝いた最後の年でもあった。

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