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いつでもエースとして君臨!野村祐輔選手

2017 8/3 12:07cut
野球ボール
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甲子園決勝での無念の被弾

2016年シーズンで25年ぶりのセ・リーグ制覇を成し遂げた広島東洋カープ。その中でも、沢村賞投手であるジョンソン選手とともに先発投手陣を支えたのが、野村祐輔選手だ。

野村選手は岡山県倉敷市出身で、中学時代はヤングリーグの「倉敷ビガーズ」に所属。高校時代は広陵高校のエースとして、圧倒的なコントロールを武器に甲子園へ2度出場を果たしている。3年春のセンバツ高校野球ではベスト8に進出。夏の甲子園では決勝まで勝ち進んだものの敗退し、準優勝に終わっている。

佐賀北高校との決勝戦では7回終了まで4対0で広陵高校がリードしていた。しかし、野村選手は8回に突如崩れる。満塁から押し出し四球で1点を返されると、その後、満塁ホームランを打たれ大逆転されるという、悔しさの残る試合となった。野村選手はプロに入っても、あの夏の甲子園の試合は思い出すと語っており、高校野球ファンにとっても特別な試合だったと言えるだろう。

広陵高校で野村選手とバッテリーを組んだキャッチャーは、のちに巨人、そして侍ジャパンにも選出された、小林誠司選手である。野村選手とバッテリーを組むよう監督に言われた小林選手は、マイペースな野村選手といつでも行動を共にし、野村選手好みの捕手になろうと努力したと語っている。

明治大学でエースとして30勝300奪三振を達成

広陵高校から明治大学に入学した野村選手は、大学野球でもエースとして心技体すべてを備えると言われ、トップレベルの結果を残した。大学の4年間で365イニングを投げ、通算防御率が1.92と驚異的とも言える記録を打ち立てる。また、大学リーグ史上7人目となる通算30勝300奪三振も達成した。

3年生の11月、野村選手は大学日本代表としてNPB(U-26)選抜と対戦。のちに広島でチームメイトとなる前田健太選手(現ドジャース)の投球を見て「これまで見たことのないボール」と衝撃を受けたという。その後、大学日本代表としてプロとの交流戦を経験し、巨人を相手に3回ノーヒットに抑えるなど、野村選手はドラフトにおいて注目の選手となった。

明治大学で主戦として君臨し、大学日本代表としても存在感を示した野村選手。「精密機械」と呼ばれるコントロール、手先の器用さなどを武器に、「プロに入っても1年目から二桁勝利を期待できる」と評された。

性格は「宇宙人」「何を考えているのかわからない」「マイペース」などと言われることが多く、両親も、言葉足らずで「浮世離れ」しているというような不思議な存在と語っている。野球中心の生活は自分の中で譲れずに、何をおいても野球を優先させる。その熱意がプロ野球界にも評価されたと言えるだろう。

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