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2番手からエースを目指す!西勇輝選手

2017 8/3 12:07cut
野球ボール,グローブ
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入団からブレイクまでの道のり

三重県菰野高校(こものこうこう)出身の西勇輝選手。3年夏(2008年)の甲子園に初めて出場する。初戦で対戦したのは橋本到選手(巨人)擁する仙台育英高校だった。西選手は橋本選手に5打数5安打と固め打ちを許すなど、抑えきることができずに4失点(自責2)で1-4で完投負けを喫している。

プロ入り希望でもあった西選手はプロ志望届けを提出しドラフト会議に臨む。2008年のドラフト会議では東海大相模高校の大田泰示(日本ハム)が注目を集めていた。その中で西選手はオリックス・バファローズから3位で指名を受け入団に至っている。また、甲子園で雌雄を決した橋本選手は巨人から4位指名を受けていた。

プロ入り後、西選手は1年目から1軍で3試合に中継ぎ登板。4回を投げ防御率0.00と将来を期待される内容を見せた。翌2010年は18試合に登板し31.2回を投げ防御率3.41。初勝利を挙げることはできなかったものの結果を残している。

ブレイクを果たしたのは高卒3年目のシーズンとなる2011年だ。4月に初勝利を挙げると順調に勝ち星を積み重ね、初の二ケタ勝利となる10勝(7敗)を達成。大きく飛躍を遂げたシーズンとなった。

最終戦でノーヒットノーランを達成

2011年シーズンにキャリア初となる二ケタ勝利をマークし、次期エース候補に名乗りを挙げた西選手。2012年シーズンは背番号を「21」へと変更し心機一転新たな気持ちで臨んでいた。

阪急ブレーブス、オリックスの「21」は好投手がつける番号でもある。2度の最多勝を獲得し通算130勝をマークし、昭和最後の完全試合を達成した今井雄太郎選手。阪神から移籍し初年度に最多勝を獲得、1試合19奪三振の日本記録を達成した野田浩司選手らが背負っていた番号なのだ。

歴代の好投手に恥じぬ投球を見せたかった西選手だが、夏場に故障でローテーションから離脱し、8勝(3敗)となり2年連続の二ケタ勝利を逃してしまう。

しかし、西選手はシーズン最終登板で快挙を達成する。福岡ソフトバンクホークスとのシーズン最終戦に先発登板を果たした西選手。この試合はソフトバンクの小久保裕紀選手が、現役最後の試合となっており、引退試合でもあった。西選手は初回から好投を見せノーヒットノーランを達成。小久保選手も3打数ノーヒットに抑え引退試合といえど手を抜かなかったのだ。これが西選手にとってキャリア初の完封勝利でもあった。
また、シーズン最終戦でのノーヒットノーランは75年ぶりの快挙だった。

エースである金子千尋選手はこの快挙を達成したことはなく、先輩エースに先んじての記録となった。その後、金子選手は2014年に9回までノーヒットノーランに抑えたものの、代打を出され降板となり快挙達成まであと一歩と迫ったが惜しくも届かなかった。

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