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順風満帆ではない!?苦難の連続だった松井裕樹選手

2017 8/3 12:07cut
野球ボール,グローブ
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全国区になった1試合22奪三振

神奈川県の名門高校である桐光学園出身の松井裕樹選手。
中学時代から「青葉緑東シニア」でその名を轟かせていたが、知名度が全国区となったのは桐光学園2年夏(2012年)の甲子園だ。激戦区の神奈川県予選を勝ち抜き甲子園に出場した桐光学園。松井選手は2年生ながらエースナンバー「1」を背負っていた。

初の甲子園となった松井選手は、1回戦の今治西高校戦で大会史上最多記録を2つ達成した。

5回までノーヒットピッチングを続けていた松井選手が奪った三振は11個。6回先頭に四球を出し、次打者に初めての安打を浴びるが、後続を遊ゴロ、二者連続三振に打ち取り無失点投球を継続する。

その後も松井選手は7回、8回も3者連続三振を奪い8者連続三振。9回も2者連続三振を奪い10者連続三振を記録した。これは夏の甲子園における連続奪三振記録として、2017年現在も甲子園史に残っている。また、この試合で奪った三振の数22個は、9回試合における1試合最多奪三振となっている。

この試合で松井選手の名前は全国的に広がり、決め球のスライダーに多くのファンは驚いた。この大会で松井選手は準々決勝で敗退したが、4試合で68奪三振を記録した。

甲子園出場はならずもドラフトの目玉に

夏の甲子園で1試合22奪三振の甲子園記録を達成した松井選手は、秋季大会で平塚学園高校と準々決勝で対戦。松井選手は平塚学園高校を9回2失点で抑え込むが1-2と惜敗し、春のセンバツへ出場が叶わなかった。

最後の夏は神奈川県予選準々決勝で横浜高校に敗退。2度目の甲子園出場の夢は潰えた。この試合では横浜高校の「AT砲」こと淺間大基選手(日本ハム)、高濱祐仁選手(日本ハム)に本塁打を浴びている。

高校時代に甲子園出場は1度しかなかったものの、大きく曲がるスライダー、150キロに迫るストレートを評価され、ドラフト1位候補として注目を浴びていた。ドラフト会議では東北楽天ゴールデンイーグルス、北海道日本ハムファイターズ、横浜DeNAベイスターズ、福岡ソフトバンクホークス、中日ドラゴンズの5球団が松井選手に入札した。

抽選の結果、楽天が交渉権を獲得し入団に至っている。

先発として結果を残せなかった1年目

松井選手は1年目の春季キャンプから一軍入りを果たし、オープン戦の登板でも注目を浴びローテーションの座を確保。2カード目に先発のマウンドを任された。しかし、この試合、6回自責点3、奪三振6をマークする一方で制球が定まらず与四球は5つを数え敗戦投手となった。

以降もローテーションを守るが、毎試合のように与四球は多く、勝ち星に恵まれなかった。登録抹消を経て中継ぎに一時転向した7月に初勝利。オールスター明けの後半戦は再び先発に戻り、ローテーションを守ったものの、制球難は治らなかった。

1年目の松井選手は27試合(先発17試合)4勝8敗3H、116回、奪三振126、与四球67、防御率3.80。高卒1年目としては十分な数字ではある。しかし、与四球が増えることで球数がかさみ、長いイニングを投げることができないこともネックとなっていた。

転機となった2年目の配置転換

松井選手はチーム事情もあり2年目(2015年)に中継ぎへと転向となった。与四球は多いものの、奪三振能力の高い松井選手はリリーフ適性があると大久保博元監督が判断し、セットアッパーでの起用を明言したのだ。短いイニングを全力で投げることで、松井選手の持ち味である奪三振の多さを生かすことが考えられていた。

当初は、クローザーに繋ぐセットアッパーとしての役割を与えられる予定だった。しかし、クローザー候補でもあったキャム・ミコライオ選手が故障離脱してしまう。松井選手は2年目にして開幕からクローザーで起用されることになった。

高卒2年目のドラフト1位選手をクローザーで起用することには評論家、ファンからも賛否両論あったことは確かだ。しかし、松井選手は結果で応えてみせた。

開幕から12試合連続無失点という記録を残し、その後も快投を続けると前半戦の防御率を0.63で折り返した。この年、勢いが衰えること無くシーズン終了まで調子を維持。最終的に63試合、3勝2敗33セーブ12ホールド、72.1回、奪三振103、与四球28、防御率0.87と圧倒的な成績を残している。クローザー転向1年目で結果を残して見せた。

松井選手にとって3年目となる2016年、前年のような神がかり的な投球を行うことができなかった。自身6戦目で初失点を喫すると8試合目の登板となった4月17日のソフトバンク戦で4失点を喫し、防御率が跳ね上がる。

その後も5月5日に6失点と大量失点をするケースがあり、成績は安定しなかった。シーズンを通じて58試合、1勝4敗30セーブ、10ホールド、62.1回奪三振75、与四球40、防御率3.32と前年の数字を下回る結果に終わっている。

2017年シーズンも前年と同じようにクローザーを任されている松井選手。2014年のような快投が期待されている。

プレミア12のリリーフ失敗

松井選手は2015年シーズンの活躍が認められ、シーズンオフに行われた第1回WSBCプレミア12の日本代表に選出された。松井選手はクローザーとして起用され、強化試合から3試合連続で無失点に抑えるなど好投を見せた。

しかし、予選リーグ最後の登板となったベネズエラ戦では試合には勝利したものの、2点を失ってしまう。また、準決勝の韓国戦では楽天でチームメートでもある、則本昂大選手が崩れた後にマウンドへ登ったが、1死も取れずに降板。松井選手はピンチを救うことができずに逆転負けを喫してしまう。

このように、松井選手は高校時代から順風満帆に見えるが、実は苦難の連続だった。2年夏の甲子園で快投を披露するが3年時には甲子園に出場できず。プロ入り後は先発で結果を残すことができず配置転換。クローザーとして結果を残したものの、2年目は数字を下げてしまう。また、国際大会では国を背負いながらもリリーフ失敗。

これらの苦難を乗り越えて尚、松井選手は成長を続けている。19歳からクローザーを務める松井選手は、岩瀬選手の最多セーブを抜く存在となるかもしれない。今後の飛躍にますます期待が掛かる。

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