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98年の奇跡の産物!横浜DeNAベイスターズ史上最高の打線とは

2017 7/10 10:25Mimu
横浜DeNAベイスターズ,横浜スタジアム
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出典 DX Broadrec

まだ横浜DeNAベイスターズになる前の1998年。高打率を残せる選手たちが並び、本塁打は少なくても数々の投手を打ち砕いた。 今回は、そんなベイスターズの奇跡の産物・マシンガン打線を紹介していく。

当時最高の打率を残したマシンガン打線

マシンガン打線は、1998年の日本一の原動力になったのはもちろん、99年にはチーム打率.294という当時の日本記録を残した。2003年にダイエーホークスが.297という数字を残して記録は更新されたが、いまだに日本2位の記録だ。 1番の石井琢朗選手から始まり、1度繋がるとまったく止まらない恐怖の打線。マシンガン打線が残してきた象徴的な試合を振り返っていきたい。

敗色濃厚の試合が一気に分からなくなる!?

1998年7月15日に行われた巨人戦。この日はマシンガン打線を象徴する試合となった。先発・斉藤隆選手がまったくピリッとせず、初回から3失点どころか、3回には桑田真澄選手にフェンス直撃のタイムリー2塁打を打たれ、この時点で1‐7と大きくリードを広げられていた。

しかし4回の裏、突如ベイスターズに流れがくる。駒田徳広選手、佐伯貴弘選手、谷繁元信選手の連続ヒットで満塁とすると、万永貴士選手がライト前にタイムリーを放ち、2-7とする。ここからマシンガン打線の本領発揮され、代打・荒井幸雄選手レフト前→石井琢朗選手センター前→波留敏夫選手センター前と続き、あっという間に7連打で一挙5点、一気に1点差まで詰め寄った。

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