浪速の四天王から日本代表へと昇り詰めた平田良介選手|【SPAIA】スパイア

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浪速の四天王から日本代表へと昇り詰めた平田良介選手


浪速の四天王と呼ばれた大阪桐蔭高校時代

高校時代から「浪速の四天王」と呼ばれ、現在中日ドラゴンズで活躍中の平田良介選手の名は、大阪だけでなく全国的に知れ渡っていた。当時、四天王に名を連ねていたのは、大阪桐蔭高校の辻内崇伸選手(元・読売ジャイアンツ)、履正社高校の岡田貴弘選手(現・オリックス・バファローズ)、近畿大学附属高校の鶴直人選手(元阪神タイガース)らで、激戦区である大阪府を盛り上げ、同時に2005年度高校生ドラフト会議の目玉としても注目されていた。
1年生の頃からレギュラーを任されていた平田選手だが、甲子園に出場したのは2005年3年生の夏一度きりだった。その甲子園で平田選手は、同じく四天王の一角であった辻内崇伸選手、2学年下の中田翔選手(現・北海道日本ハムファイターズ)らとともにベスト4へ進出。準々決勝の東北戦では、PL学園高校・清原和博選手(元・埼玉西武ライオンズ 他)以来となる1試合3本塁打を放ち、実力を全国に知らしめた。続く準決勝では、優勝した駒澤大学附属苫小牧高校に敗れている。また、この試合で1学年下の田中将大選手と対戦し3打数無安打2三振に封じ込められた。
高校通算70本塁打と、夏の甲子園ベスト4の実績を評価された平田選手は、その年の高校生ドラフト会議で中日から単独1位指名され入団。同じく四天王と呼ばれた辻内選手は読売ジャイアンツへ、岡田選手はオリックス・バファローズへ、鶴選手は阪神タイガースへと揃って1位指名から入団を果たしている。
高校時代にしのぎを削ったライバル達が、プロの世界へと揃って進むことになったのだ。

デビュー後、伸び悩んだ若手時代

2005年の高校生ドラフト1位で、中日入りを果たした平田選手。開幕から二軍で実戦45試合に出場し、打率.267、3本塁打、23打点の成績を残す。8月末にはその結果を認められ、高卒新人1年目にして一軍昇格を果たしデビューする。昇格後、わずか2試合の出場で2打数ノーヒット。翌2007年は、3試合に出場しプロ初安打も記録した。
ようやく一軍に定着したのは、2008年だった。一軍と二軍を行き来しながら59試合に出場し、打率.268、1本塁打、9打点をマーク。このプロ初本塁打がサヨナラとなり、記憶に残る一発にもなっている。2009年も同様に42試合に出場しレギュラー定着をもくろむが、2010年はチーム内の競争に勝てず6試合の出場にとどまった。
高校卒業後6年目となる2011年、初めて113試合と100試合以上に出場し、打率.255、11本塁打、38打点とブレイクのきっかけを掴んだのだ。以降ケガをしつつも、中日の外野陣の一角を占め、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表に選ばれるなど、日本を代表する選手にまで成長した。
高校野球で注目を浴び日本代表に選ばれた平田選手だが、デビュー後の6年間は結果を出すために苦労したようだ。

仲間思いの熱い男!

平田選手は、2016年シーズンから主将を任せられている。実績や人柄などから総合的判断をし、当時監督の谷繁元信氏が任命したのだ。暗いイメージのベンチを明るくし、チームをまとめたかった平田選手は、「仲良くするためにはどうすればいいのか?」といった質問をバラエティ番組でするなど、チームの結束へ力を注いでいた。
平田選手のキャプテンシー溢れるエピソードがある。
2016年シーズン中、試合直後のナゴヤドームで敗れた中日ベンチに向かってヤジを飛ばすファン。そのヤジには、ビシエド選手に向けて中指を立てるという侮辱行為もあり、一部始終を見ていた平田選手はたまらずヤジに応戦。大声でファンとやり合う中、周囲の選手達に止められてようやく平常心を取り戻した。
プロ野球選手として、平田選手の行為が許されるかは不明だが、後に「選手は一生懸命やっている。なかなか勝てないけど応援して欲しい」と訴えており、主将として仲間のために立ち向かう姿勢は、ファンの胸に響くものがあったようだ。

FA宣言せずに残留

2016年シーズン途中に、国内FAの権利を獲得予定だった平田選手。シーズン終了後にFA宣言し、移籍することが濃厚と報じられていた。2015年シーズンオフから2016年オフの目玉選手として、多くのスポーツ紙が平田選手を取り上げていたのだ。
権利獲得間近、8月中の報道で中日球団は、平田選手と残留交渉を行うことを宣言。他球団では、東京ヤクルトスワローズが言葉を選びながらも調査を行うことを明言していた。ヤクルトには、平田選手と同学年で同じく関西出身の川端慎吾選手もおり、高校時代から旧知の仲でもあったため移籍先の本命と見られていた。
日本シリーズが終わり、中日と交渉を行った平田選手は多くの報道陣の前に「50対50」と発言し、彼の動向に注目が集まった。しかし、最終的にはFA宣言を行わず中日に残留。年俸変動制の5年契約で、2017年の年俸1億2000万円(推定)で契約したと報じられた。
1年以上前から移籍を噂されながらも平田選手は「中日愛」を貫いた形となったのだ。

レギュラーになれなかったWBCでもチームに貢献

平田選手は、2017年1月24日に発表された第4回WBCの日本代表に外野手として選出された。日本代表の小久保裕紀監督は、横浜DeNAベイスターズ筒香嘉智選手を4番で固定することを明言しており、左翼は埋まっていた。
唯一、メジャーリーガーとしてヒューストン・アストロズの青木宣親も参戦で、残る外野の枠は後1つ。そのポジションを埼玉西武ライオンズの秋山翔吾選手、広島東洋カープの鈴木誠也選手と争うこととなるが、強化試合やシーズンの成績を見ても、日本代表のレギュラーとして平田選手が起用される可能性は低かった。
しかし決して腐ることがない平田選手は、ベンチを盛り立て円陣の声出しを行うなどの役割を行っていた。
その平田選手が注目されたのは、東京ドームで行われた1次ラウンド第2戦のオーストラリア戦だ。球数制限もあり先発の菅野智之選手がマウンドを降りた5回途中、マウンドに登ったのは、平田選手と中日でチームメートの岡田俊哉選手だった。
岡田選手は緊張からかストライクが入らず、1死満塁のピンチを招く。次打者にもカウント2ボールとなったが、なんとか併殺打に打ち取りピンチを凌いだ。顔面蒼白でベンチに戻った岡田選手、その彼に真っ先に声を掛けたのが平田選手だったのだ。満面の笑みで岡田選手をねぎらう姿は、頼れる先輩の姿そのものだった。
このWBCで平田選手の出場は2試合のみだったが、それ以外に積極的にチームに貢献していたのだ。
今後の平田選手には、日本代表はもちろん中日を引っ張る存在としても期待がかかる。

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