プロ野球史上最高の抑えとして君臨する岩瀬仁紀選手|【SPAIA】スパイア

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プロ野球史上最高の抑えとして君臨する岩瀬仁紀選手


1年目から好成績を残すも新人王は逃す

岩瀬仁紀(ひとき)選手は1998年のドラフト会議で中日ドラゴンズへ逆指名の上で2位指名され入団。この年のドラフト1位は福留孝介選手(日本生命)だった。3位に小笠原孝選手(明治大学)、4位に蔵本英智選手(名城大学)と中日の黄金時代を築く選手達が多く入団した年でもある。また、松坂大輔選手(横浜高)がこの年の目玉であり3球団競合の末に西武ライオンズが交渉権を獲得している。
愛知県生まれでもあり、愛知県立西尾東高校、愛知大学、NTT東海と常に愛知県でプレーを行ってきた岩瀬選手にとって愛知県唯一のプロ野球チームである中日でプレーするのは必然だったのかも知れない。
岩瀬選手は1年目からセ・リーグ最多となる65試合に中継ぎ登板し10勝2敗、1セーブの成績を残し最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。例年であれば新人王を受賞しても恥ずかしくない成績ではあったが上原浩治選手(巨人)が新人ながら20勝4敗、防御率2.09と圧倒的な成績を残したことで受賞できなかった。
ルーキーイヤーはわずか1セーブ、最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得していることからもわかるように抑えを任されていた訳ではなかった。岩瀬選手が抑えに定着したのは2004年のシーズンからだ。

2005年には日本記録のシーズン46セーブを達成

1999年のデビューから2003年までの5年間はセットアッパーとして登板してきた岩瀬選手。落合博満監督が就任した2004年から抑えを任されることになる。この年、キャンプ前のケガもあり本調子ではないまま開幕を迎えたが、60試合で22セーブをマークし「落合中日」初年度の優勝に大きく貢献した。
日本シリーズで中日は西武ライオンズに3勝4敗で敗退したものの岩瀬選手は5試合に登板。5.1回を投げ無失点、被安打3、与四球0、奪三振5、防御率0.00と西武打線を完璧に封じ込める快投を演じている。
翌2005年は自身初となる2年連続の60試合登板を果たし日本記録となる1シーズン46セーブをマーク。球界を代表する抑え投手として君臨する。この46セーブは2007年に阪神タイガースの藤川球児選手が並んだものの抜かれはせずに、タイ記録として2016年終了時点でもプロ野球史に残っている大記録だ。
また、この年の岩瀬選手は生涯で唯一の被本塁打0となっている。(登板のなかった2015年を除く)

球界最高の抑え投手として

岩瀬選手の武器は「死神の鎌」とも称されるスライダーだ。多くの左打者を手玉に取り恐れられたその魔球は大きく横に滑るように曲がっている。この魔球を武器に実績を積み上げた岩瀬選手は2005年に46セーブという日本記録を達成後も大きな故障なく投げ続けた。
2006年(40セーブ)、2009年(41セーブ)、2010年(42セーブ)、2012年(33セーブ)と4度の最多セーブ投手を上積み。2004年から2014年まで11年間連続で20セーブ以上の記録を達成する。2005年から2013年の期間では30セーブ以上を達成しておりこちらも9年連続30セーブ以上の日本記録だ。
2010年に名球会入りの資格でもある250セーブを達成。この記録は佐々木主浩選手(横浜他)、高津臣吾選手(ヤクルト他)に次ぐ歴代3人目の記録となった。また、年俸も2012年には4億5000万円(推定)と抑え投手としては2004年、2005年の佐々木選手6億5000万円に次ぐ高額年俸選手となっている。
また、250セーブ達成以降も数字を積み上げた岩瀬選手は2016年シーズン終了時点で402セーブ。これは、歴代2位の佐々木選手(381セーブ)を交わし日本球界No1の数字でもある。現役2位が藤川球児選手の223セーブとなっており当分の間、破られることのない大記録といえそうだ。
1999年から2013年まで15年連続で50試合以上登板を果たしておりこちらも日本記録となっている。現役選手では宮西尚生選手(日本ハム)、山口鉄也選手(巨人)が9年連続で達成しており現在も継続中だ。2017年シーズン宮西選手は1985年生まれの32歳、山口鉄選手は1983年生まれの34歳。年齢的には岩瀬選手の記録を更新可能ではあるが、ケガなく6年間安定して登板できるかに注目が集まる。

実は打撃も凄い?

岩瀬選手は中継ぎ投手ということもあり、打席に立つ機会は少ないものの1年目から打率.250(12打数3安打)と好結果を残し3年目まで毎年打率.200をキープしていた。
抑えを任されるようになるにつれて打席に立つ機会は減り2008年以降は打席に立っていない。1999年から2007年までの8年間で打率.208(48打数10安打)、3打点の成績をマーク。
岩瀬選手と同様に抑えとして一時代を築いた佐々木選手が日本での12年間で打率.116(95打数11安打)、5打点と比べても打撃の良さがわかるだろう。
大学時代は愛知大学野球連盟の通算安打記録2位でもある124安打(1位の125安打は元中日の神野純一選手)を放っており打率.323をマーク。外野手として大学日本代表の候補にも選ばれていたほどだ。時代が違えば大谷翔平選手(日本ハム)のように二刀流として活躍していた可能性があったと言っても言い過ぎではないだろう。

球界最年長選手として

左ヒジの故障によって2015年にプロ入り後初めて登板のなかった岩瀬選手。2016年4月9日に2014年8月6日612日ぶりに一軍復帰を果たし、3試合連続無失点と復調を印象づけた。しかし、復帰後初の連投となった4月23日の東京ヤクルトスワローズ戦で敗戦を喫すると続く試合でも3安打3失点と乱調。
登録抹消となり復帰したのはオールスター明けだった。復帰後はシーズン終了まで10試合に登板し失点を許したのはわずかに1試合と元気な姿を披露。2017年シーズンに向けてまだやれることを見せた。
2017年シーズンは前年(2016年)に三浦大輔選手(DeNA)が引退したことで井口資仁選手(ロッテ)と共に球界最年長となった。2016年シーズン終了時点で904試合登板とプロ野球記録の949試合(米田哲也選手)まであと45試合に迫っており、中継ぎ投手として記録更新を目指している。
年齢的にも抑えとしての活躍を期待することはできないが、どこかで左の中継ぎ投手としてベテランらしい投球を見せて欲しいものである。一時代を築いたクローザーの最後の一花が咲くことに期待したい。

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