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1995年のボビー・バレンタイン監督【球史に名を残した偉人達】

2017 6/28 09:44cut
野球ボール,ⒸShutterstock.com
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バレンタイン監督退任後

バレンタイン監督は1995年シーズン終了時に解任となり翌1996年からは江尻亮監督が誕生する。しかし、チームは前年のような勢いを持っておらず、60勝67敗の成績で再び借金生活となりBクラスに沈んでしまう。この年限りで広岡GMも3年契約の2年目ではあったものの解任されている。ロッテが次にAクラス入りを果たすのは皮肉にもバレンタイン監督が2度目に就任した翌年の2005年だった。
1996年アメリカに戻ったバレンタイン監督はニューヨーク・メッツ傘下のAAAであるノーフォーク・タイズの監督に就任した。シーズン途中にはMLBのメッツ監督に昇格し31試合で12勝19敗の成績を残している。その後、2002年までメッツの監督を務め最後のシーズンを除き勝率5割を超える成績を残した。
これらの実績を持って2004年に再びバレンタイン監督はロッテの監督へ復帰するのだ。このときは広岡GMもおらず6年間の長期政権を築いた。
監督は自身の実績だけでなくフロントとの野球観の共有、目指すべきモノのすりあわせが必要だと言うことを改めて教えてくれたのが、バレンタイン監督といえるだろう。

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